やんばるの森から「生」をいただく。【森岡尚子 やんばる野草の宿/沖縄・高江】

沖縄本島北部のやんばるの森。ヤンバルクイナやノグチゲラをはじめ多くの固有種が暮らす亜熱帯の森だ。豊かな自然が残される森は、ヘリパッド問題で揺れている場所でもある。「何もない」のではなく、自然とともに生きる時間がここにはある。

文・写真 = 宙野さかな text・photo = Sakana Sorano


ー 出身はどちらなのですか。

森岡 東京の代々木です。中学が原宿の竹下口近くの原宿外苑中学だったんですね。運動着がすごくかっこ悪いジャージで、それでラフォーレの近くなんかを走っているような中学時代だったから、都会に対する憧れがゼロだったんです。東京に対する興味がなくて、小さな頃から田舎に行きたいと思っていました。都会から離れたいっていう気持ちが強かったですね。


ー そして沖縄で暮らすことになった?

森岡 暑いところが好きなんですよ。沖縄に移住する前は、アフリカとかインドにも行って。


ー 森岡さんのアフリカを描いたろうけつ染めの作品やアフリカを撮った写真のポストカードを、アフリカやアジアの雑貨を扱うようなショップで今でもよく見かけます。

森岡 アフリカには特に縁があったと思いますね(笑)。


ー 一時期は『わら一本の革命』の福岡正信さんのお付きもなさっていた。

森岡 講演会の際にお手伝いに行ったり、海外に行かれるときには通訳で同行させていただいたり。福岡さんの山にも行ったんですけど、山にいるときは粘土団子を作っていましたね。

ー やんばるの高江に最初に来たときの印象はどんなもだったのですか。

森岡 最初は石垣島に暮らしていたんですね。石垣にはまだ田んぼがあるから。石垣、西表、離島、沖縄本島も、いろんな場所を土地探しで見てきて。なんかピンと来たんですよ。作家の北山耕平さんが「土地が自分を選んでくれる」というようなことをお書きになっていて、そんなことってあるのかなって思っていたんですけど、高江のこの場所は自分にとっての特別な場所だって。土地から何かを受け取ったんです。


ー ここの木や山がそう感じさせたのですか。

森岡 自然の水で暮らせたらなっていうのが、一番にあったんです。水道水以外の水が引ける場所。内地の田舎では自然の水を利用できるところって多いんですけど、沖縄にはすごく少ないんです。子どももいましたから、学校も近くにあったり、いい感じで集落とも接することもできる。すべての条件において素晴らしいなと。


ー 森岡さんにとって、どんなエネルギーをもらえる場所なのですか。

森岡 他のやんばるの森のなかにも入るけれど、ここはやっぱり特別なんです。すごく潤っているし、特別なエネルギーがあると思う。宿がある場所は、もともと小さいけれど集落があった場所なんですね。

ー 宿のある場所への川に橋がないのですけど(笑)。

森岡 米軍が車を使い出して、車の道ができて、高江の集落は今ある場所に移動していったんです。


ー そんな橋がない場所で宿をやろうと思ったきっかけはどういうものだったのですか。

森岡 宿の近くを流れている川は新川っていうんです。地元の方と仲良くなっていくにつれ、「あそこには誰々さんの家があって、あそこは田んぼだった」とか、楽しそうに話してくれるんです。「昔はこのあたりの木を切り出して、やんばる船で那覇の方まで運び、戦後の復興にも利用されたんだよ」とか。暮らしという文化もあった場所なんです。そんなことに思いを馳せていたら、またみなさんが集まれる場所になったらいいのかなって思って。それと高江にはヘリパッドの問題もあるので、高江は危ないというイメージを持っている方が多いかもしれない。来てもらえたら、ここの良さがわかってもらえるのになって思ったのも理由のひとつです。


ー 戦前は、やんばるでは船が主な交通手段だったのですね。

森岡 今のいい家の条件って、駅から歩いて何分とか、そういうことになるじゃないですか。でも昔の人が暮らしていた場所の条件は、風向きだったり太陽の光だったり、自然なんですよね。便利さというよりも人間が暮らすことに対していい場所なのかどうか。その意味でここは土地の力のあるいい場所なんです。


ー やんばる野草の宿というのは、どういう思いで名付けたのですか。

森岡 数年前からやんばる野草酵素シロップを作っています。この土地に自生する野草を使っている酵素シロップ。このシロップを飲み、体調改善したという声もよくお聞きします。やんばるに来てもらって、この野草を育ててくれるやんばるが持つ癒しみたいなものを味わってもらえたらいいかなって思って。とにかく私は野草とのつながりが強くて、他に名前が浮かばなかったんです(笑)。


ー 以前から、宿をやりたいと思っていたのですか。

森岡 まったくなかったんです。今まで自分でやろうって思ったことって、実は何もなくて。アフリカの作品にしても、「個展をやろう」「ポストカードにして売ろう」って周りの人が言ってくれて。酵素シロップは自分たち家族のために作ったものでした。気づいたらみんながいいって言ってくれて「うちのお店で売りたい」と。


ー 見えない何かに導かれているのかもしれないですね。

森岡 もしかしたら役目が降りて来るのかもしれないですね。福岡さんの教えてって、おそらく「無」なんですね。自我をなくすこと。よく言われる目標みたいなものをはっきりと持っているわけではないんですけど、宿っていうものが降りてきて、ここでの役割みたいなものは見えてきています。ある部分では試練かもしれないけど、ワクワクする自分もいるんですよね。未体験のことって好きなんです。


ー ここでどんな時間を過ごしてもらいたいと思っていますか。

森岡 鳥の声を聞いたり、川のせせらぎを聞いたり、五感を研ぎ澄ませてみて欲しいです。周りに人工物が何もない。みなさんが溜め込んでいるものを、バーっと出していってくれればと思います。


ー どんな宿に育てていきたいと思っていますか。

森岡 もともと地元の人にとって大切な場所です。その思いをくんで、また次につなげていく。ここがそういう場所になったらいいなって思います。昔があることで、今が存在している。昔の方々の思いを、未来につなげていくような、そういう大切なものを分断せずに残していける場所になればいいなって思います。


やんばる野草の宿 沖縄・高江
自然な暮らしを求めてアフリカやアジアなど世界を旅する。自然農法の福岡正信さんの『わら一本の革命』に衝撃を受け、福岡さんのもとで農や哲学を学んだ。自給自足の暮らしを求めて沖縄に移住。石垣島などの離島や沖縄本島で場所を探し、本島北部の東村高江へ。「主婦」として『情熱大陸』に出演したこともある。やんばるの森の野草の酵素を抽出した「やんばる酵素シロップ」を数年前から販売。2019年秋、一棟一部屋の宿「やんばる野草の宿」をオープン。ワークショップやイベントなども開催している。https://www.moriokanoen.com/

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