それぞれの小さな日常が集う場。【森、道、市場(岩瀬順子/山田高広)】

2021年秋、開催当初から〈森道〉という場を作ってきた岩瀬貴己さんが急逝した。岩瀬さんが望み、築いてきた〈森道〉というスタイルは、確かな意志を持って継続されている。


文・写真 = 宙野さかな  text・photo = Sakana Sorano


ー 岩瀬(貴己)さんらが立ち上げた〈森、道、市場〉。山田さんは開催2年目から運営に関わっているとお聞きしています。

順子 はじまりは、たまたま三ヶ根山という神秘的な山に出会って、みんなを呼んで、そこを見せたいっていう思いが岩瀬さんにはあって。三河には私も含め個人でやっているカフェや雑貨店も多く、ここで人が集まる場所として「マーケット」を考えたんだと思います。

山田 当時、マルシェっていうものは世の中でよく目にするようにはなっていたけど、有料でやっているマルシェがなかったから、どんな感じになってるんだろうという興味本位でお客さんとして初回は参加しました。

順子 駐車場が足りなかったり、渋滞を招いて、チケットを買っているにも関わらずに会場に到着できなかった人も多かったりして。今でいえば、間違いなく炎上していた。運営としては初回はまったくダメで、一緒にやりはじめた人たちはほとんど去っていったんですね。2回目から山田さんが手伝ってくれることになって。その理由を聞いたら「みんなが離れていっているのに、もう一度やるって言っているこの人がおもしろいと思った」と。山田さんがそう言ってくれたことが、岩瀬さんには大きかったと思います。

山田 岩瀬さんは2回目で終えようとしてましたよ。成功させて辞めるって言ってましたから。初回はシンプルにマルシェ出店のみだったんですが、2回目から知り合いのミュージシャンを呼んでステージが登場しました。

順子 言われた苦情を改善して、規模も大きくなって2回目が開催されて。私からすると、見せ方がすごいおしゃれだったんですね。全体のデザインも出ているお店も。

ー 2年目が形になったことで、さらに大きくなっていったのですか。

山田 出店したい人、音楽関係者、裏方さん、来てくれるお客さんも徐々に増えてきた。けれど、三ヶ根山が会場として使えなくなってしまったんです。新しい場所を探して見つかったのが、今やっているラグーナ。場所が広くなったから、もうちょっと人が呼べるねっていうだけなんですよ。


ー 多くの人を取り込みながら、いい方向に動いていったわけですね。

山田 人と人とのつながりからなんですね。最近になってよく思うのは、確実なことに対して、いかに確実に実行させるかってことが今の社会だと思うんです。岩瀬さんって逆で、不確実っていうか、不安定なところにめちゃ興味がある人。不確実・不安定だからこそ希望がある、未来がある。岩瀬さんの人間性が〈森、道、市場〉にも多分に出ていると思うんです。よくわからないけど何でこんなに人がいるんだろう、何に盛り上がってるんだろう。そこが全部わからないからこそ行ってみようって。だからできるだけ気軽に参加できるようにチケットは安いほうがいいと思ってます。


ー マーケットの出店者は公募していないんですよね。

山田 今はしていないですね。招待制です。

順子 岩瀬さんは、最初の頃はすごい探していましたよ。2016年くらいかな。出店関係のリーダー的な人や〈森道〉を中心的に支えてくれている、いわゆる「森道ファミリー」と言っていい仲間が固まってからは、よそを意識しなくなった。そして岩瀬さん自身もすごく柔らかくなって。だいぶリラックスできるようになってきたときにコロナになった。2020年に開催できなかったのはすごく悔しかったと思います。

ー コロナ禍のなか、2021年は開催しました。

順子 〈森道〉の日常を取り戻すためには、絶対にやらなきゃダメってずっと言ってましたから。

山田 マーケットって、岩瀬さんにとって、好きな人に会う場という感覚があったと思います。誰かが場を作らないと、みんなが集まれない。


ー そして2021年11月に岩瀬さんは亡くなられた。2022年の開催に向かうことは、おふたりにとってきついことだったのではないですか。

順子 やらないほうがいいって当初は考えていました。もちろん、自分にとっても大切なイベントだったし、周りの大切な人たちも〈森道〉を楽しみにしてくれている。山田さんが「次の〈森道〉をやらなかったら一生後悔する」と言ってくれて。

山田 いろんな人と話すなかで、やらない理由はたくさん出たんですけど、言葉が整理されてくるだけで、あんまり気持ちよく言えてない自分がいて。むしろやりたい理由のほうが見つけにくい感じもありました。でもやるって決めたほうがすっきりした。不安は当然たくさんあったんですけど、何かに背中を押される感じが強かったです。


ー 2022年は多くの笑顔と共に終わりました。今後の〈森道〉は?

山田 とにかく〈森道〉という場所を必要だって言ってくれる人たちがいて、その人たちが自由に表現できて、それを楽しむお客さんがいる。このシンプルな理由で〈森道〉を開催していくっていうことが僕の根っこにはあります。〈森道〉のことを文化祭という人もいれば、仮想都市という人もいる。音楽が好きでフェスだって考えている人もいるし、マーケットだっていう人もいる。そのどれも当てはまる寛容さを持ち続けつつも、その期待をいい意味で裏切っていくような雰囲気というかテンションはずっと守っていきたいと思っています。

順子 岩瀬さんはフェスではなくマーケットだってずっと言い張っていました。それぞれの人のそれぞれの小さな日常の発表会が〈森道〉なんだと思います。こうあるべきっていうものがないことが〈森道〉のいいところで、柔らかくて誰でも迎え入れる。日常とつながっているマーケット。5年ぐらい経ったときに、〈森道〉に関わっていたり参加してくれるみなさんの日常がちょっと良くなっている、ちょっと進歩してればいいなって思っています。


森、道、市場2011年9月に岩瀬貴己さんが中心になって数人の仲間とともに初開催。2年目以降、ライブステージも設置して、フェスのスタイルも取り入れていった。14年にはラグーナビーチに会場を移して春に行われ、17年からは隣接するテーマパーク・ラグナシアも会場となった。全国から集まってくる出店数は500を超える。東海を代表する野外マーケット&フェスとして、多くのファンを集めている。21年秋、〈森、道、市場〉の支柱だった岩瀬さんが急逝。岩瀬さんの意志と多くの仲間の思いを集めて、岩瀬順子さんと山田高広さんが2022年の開催へとつなげていった。2023年以降も継続して開催される。


森、道、市場 2023

開催日:5月26日(金)〜5月28日(日)

会場:ラグーナビーチ/ラグナシア(愛知県蒲郡市)

出演:∈Y∋、ASIAN KUNG-FU GENERATION、THE BAWDIES、CHAI、羊文学、フジファブリック、ペトロールズ、Rachel Hair & Ron Jappy、ほか


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