地域で培われた暮らしの智慧を学び 、都市と田舎を結ぶ農園。【mumokuteki farm】

mumokuteki farm

廣海 緑朗
佐々木 英雄

宮本 亮太

山口 二大


今は京都市に合併された京北と福井県境に近い美山。豊かな自然が残されたこのふたつの場所で農園を続けるmumokutekiファーム。脱都市を目指すのではなく、地域社会と関わりを持ちながら都市と田舎を結ぶことを実践している農園だ。地球の時間を受け入れながら、土に触れることで感じられる食への視点は、これからの暮らしには必要なものだろう。mumokutekiファームでさまざまな挑戦が行われようとしている。


文 = 宙野さかな text = Sakana Sorano

写真 = 林 大輔 photo = Daisuke Hayashi


京北と美山のmumokutekiファームから。


まずそれぞれがmumokutekiファームどのように関わって行ったのかをお聞きしたいと思います。

佐々木 僕は去年の正月から。その前の4~5年くらいは、滋賀や京都でいろんなことをしながら生きていたんです。田舎で暮らしてみたいなっていう思いも心のなかにあって、そんなときに美山に行ってみないかというお話をいただいて、トントン拍子で進んでいきましたね。

宮本 僕は社内脱サラと言われています(笑)。前は系列の若い女の子向けのファッションブランドのバイヤーを東京でしていました。バイヤーといっても、生産のために1ヶ月の半分くらいは中国に行って、物をバンバン作って作ってということをやっていたんですね。ありったけの消費を作ってきたのに、こんなに多くのものが本当にいるのかなって思うようになって。違う生活をしたいなと思うようになったんです。会社と辞めることを前提に話していたら、京都の田舎でファームを構築していく仕事もあるということを知って。それで自分にできることなら、やらせてくださいとお願いしたんです。美山に暮らしはじめたのは去年の9月からですね。

山口 東京から9年前に京都市内に引っ越してきました。なんとなく、いつかこういう田舎で暮らしてみたいと思っていました。2年前、子どもが生まれたのをきっかけにあちこち探したんですけど、なかなかピンとくる家がなくて。そんなときに仕事で京北に来たら、京都市内から車で1時間くらいなのに、環境はいいし野菜も安い、空き家もある。地元の人にも子どもは大歓迎やでって言われて決めました。関東の感覚だと車で1時間っていうのは、それほどの距離じゃないんですね。こちらの人には遠くに行ったねと言われますけど(笑)。それでmumokutekiの施設の修繕などを手伝ううちに、いろいろなことに声をかけていただいて、深く関わるようになったのは去年の10月からです。

ー mumokutekiファームが京北で「ヒューマンフォーラム村」としてスタートしたのが2007年でした。ヒューマンフォーラムの研修施設としての機能も有していたと聞きましたが。

宮本 僕もかつては研修でここに来ていましたし、今も新人の研修をここでしています。農業体験をプログラムに入れた5日間の研修です。実質的には農業の経験値を上げるというよりも、人材育成を目的にしたものなので、夜は勉強会をして。

佐々木 僕もたまに参加させてもらっていますけど、濃い時間ですよ。勉強会も1日にあったことをしっかり振り返って、思ったことを発表して。「褒める、指摘する、褒める」ということをしているんです。日に日に参加している子たちが成長しているのがわかります。農業としては、研修生が草刈りなどを手伝ってくれています。実際には美山と京北の農作業を数人でやっていますから、手伝ってもらわないと全然追いつかないという状況なんです。

廣海 京北でやっている研修では、地元のおばあちゃんで草餅などを作る名人がおって、その人に草餅作りのワークショップをしてもらったりだとか。僕らは単純にワークショップを企画するだけではなくて、それを継承するような人が出てきてほしいと思っているんです。

佐々木 草餅はまだ可能かもしれんけど、栃餅は本当に大変な作業で。

山口 だから栃餅が道の駅なんかで売っていたら、迷わずに買ってしまう(笑)。手間を考えたら本当に安く感じますし、そういう失われつつある文化や伝統というものが田舎には残っていて。農家さんにとっては普通のことなんでしょうけど、柿を干して干し柿にするとか、大根を干してたくあんにするとか。誰もやらなくなってしまったら、無くなってしまう文化ですよ。米や野菜を作ることをしながら、そういうこともみんなで学んでいけたらと思っています。

ー ファームのある京北と美山、どういうところなのでしょうか。

廣海 京北は平成の大合併で京都市になった場所です。美山は南丹市。美山に比べれば、京北は過疎化のスピードがちょっとだけおさまった感があるんだけど、やっぱり減少は続いています。


ー 移住している人は多い地域なのですか?

廣海 おるんですけど、京北は家事情が悪いんです。市内まで車で1時間ということもあって、空き家になっていたとしても貸さないんですね。美山のほうが入りやすいかもしれないですね。

佐々木 学校や仕事で家を離れてしまうと、戻ってきての生活がなかなか考えられないみたいなんです。


ー そんな場所で暮らしはじめるにあたって、苦労はなかったですか。

佐々木 美山で農園がスタートしたのは10年前なんです。いろんなことがあったと聞いていますけど、僕らはその時間があったから入りやすかったですね。

廣海 ふたり(佐々木、宮本)が住んだことで、地元の反応が全然違いますよ。

佐々木 本当に大事にされているなって感じることも少なくないです。僕らが住むようになるまでは、農業法人としての家と田畑があるだけで、そこには誰も住んでいませんでしたから。市内から仕事として来て、また市内に帰るという。

都市と田舎をつなぐための基盤としての場所。

ー このmumokutekiファームからどんなことを発信していきたいと思っているのでしょうか。

廣海 ヒューマンフォーラムが目指しているには人と自然が資本になった事業をするっていうことなんですね。今までは人と自然というものはコストであって、どんだけ消費することで利益を上げられるのかっていう。それを社会全体でもやってきたんですけど、そのことでいろんな問題が起こってしまっている。それをやることをやめる企業になろうよ、と。ヒューマンフォーラムのひとつのブランドとしてmumokutekiがあって、カフェとショップが京都の中心部にある。都市にあるショップと田舎にあるファームをつなげて、田舎の役割、街の役割っていうものをちゃんと取り戻して、ファームで作ったものを街で売って、それが循環していくようなことをしたいんですね。そしてmumokutekiに来ているお客さんが自然のなかでもっとライフスタイルが楽しめるような環境を作っていきたいと思っているんです。

宮本 なんか怪しく聞こえてしまうかもしれないですけど、国づくりというか地域づくりというか。街と田舎をつなぐことをしながら、結局はつなぐためには田舎にも何かしらの基盤を作らなければならないじゃないですか。その基盤を作ろうとしているんです。長い目で見たら、どうコミュニティを構築していくか。生き方と働き方って、すごくせめぎ合いがあるじゃないですか。だけどここでは生活することが仕事になってくるんですよね。かつて東京で暮らしていた以上に、リアルを感じられるようになりましたね。

廣海 コミュニティとはなんぞやっていうことですよね、結局。みんなが循環して、より長く続く永続性のあることを求めていく。この自然を大事にしながら、人とのつながりを一番に掲げながらやっていくことがひとつの方向性かなって思います。

ー コミュニティとはどういうものだと感じていますか。京北や美山という決められた地域のことでもいいですし、普遍的な場所でのコミュニティの意味合いでも構いませんが。

廣海 自分がどこかのコミュニティに属するのであれば、最終的には大地に根ざすことだと思っているんです。地球の生態系のなかで、物事を考えられる脳みそを持った人間が生まれてきたっていうことは、この地球の大地を世話するためなんやないかって。そこなんちゃうかなって思ってきていて。大地に根ざすっていうことは循環することができるっていうことなんですよね。ヒューマンフォーラムとして、今までやってきたアパレルという業種のなかで、どんだけ循環できるライフスタイルを提案できるのかっていうところではじめたのがmumokutekiなんですよ。このmumokutekiというブランドとmumokutekiファームという存在によって未来が感じられるようになったんですね。3・11以降でこれほど未来を感じたことはなかったですから。農園があったからこそ、mumokutekiというブランドが完成形に向かっている。街と田舎をつなぐことができる。実際に市内のmumokutekiに来てくれるお客さんが、京北や美山にも足を運んでもらえるような環境を作っていけたらおもしろくなるなって思っています。


ー ファームで作ったものをmumokutekiカフェでも使っているのですか。

廣海 使っていますが、全部ではないですね。カフェで使うお米が去年なら年間に8トンくらい必要なんです。けれどファームで納入できるのは2トンくらい。


ー 将来的にはカフェで出している野菜やお米はファームで作ったものにしたい?

宮本 理想はそうかもしれないですね。

廣海 卸しを使わずに生産者さんから直接に仕入れるっていうことを、この1年でやってきたんです。一軒の飲食店が、これだけの種類と量を生産者さんから仕入れているっていうところはあまりないと思います。生産者さんとのつながりもひとつの大きな宝になっていて。伊賀の農家さんには、京北でやる研修に来てもらって講演してもらったこともありましたし。自分たちのものだけを使っているということが価値だと思っていなくて、いろんな農家さんとつながっていって、その農家さんの気持ちや思いも紹介しながら、「今日のトマトは誰々さんの自然農です」と言えるようなことをやっていきたいですね。

ー 今後はファームをどう育てていきたいと思っていますか。

山口 今年から新しいことがどんどん動き出すと思いますよ。古い家をリノベーションするということが僕の仕事のひとつなんですけど、リノベーションした美山の家をゲストハウスにして、農園を手伝ってくれる人も集まれるような場所になって、そこで近所のおばちゃんたちを先生にしたワークショップをやったりして。その隣の古民家ではカフェをしたり、味噌の醸造場にするという計画もあります。そうした動きのなかで仲間が増えていくというか、週に一回しか来ない人も毎日住んでいる人も、ファームのことを気にしながらいろんなことをやっていく。そんなことがだんだんできてきている実感があります。ただ野菜を作るだけではなく、見て楽しくて、参加して楽しい農園になっていくような感じがすごくしています。作付けの問題とか、目の前に山積していることも多いんですけど(笑)。

宮本 今年も変わって、来年ももっと変わって。いつかえげつないことになっているかもしれないですよね。

佐々木 今のメンバーも個性豊かで、これからもいろんな個性の人が入ってくる。それがどうここに昔から住んでいた人たちと混じっていくのか。

山口 農家のおじさんを見ていると、毎日何かしらをしているじゃないですか。朝から暗くなるまで動いている。僕らは農業に関しては携わるようになって日が浅い。今日やらなければならないことが見えていなかったりするんですけど、何年か続けることによってそれが見えてくるのかもしれない。

宮本 都会に住んでいた頃は楽をしていたと思いますよ。例えば電車が止まったとする。誰かが一生懸命に復旧のために働いてくれる。そしてすぐに動く。田舎では自分たちでやれなければならないことが多いですから。

廣海 自然を相手にやることが見える。それが大地に根ざすことかもしれないですよね。


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