飲んだ人の価値観を変えるビール。多摩川の水がもたらしてくれる味の追求。【鈴木 光(VERTERE)】

都心のスピードに流されることなく、自分たちのペースでビールを造る。レシピを変え、同じものは2度と造らないというこだわり。さらに美味しいビールへ。進化は続いている。

文 = 菊地 崇 text = Takashi Kikuchi
写真 = 林 大輔 photo = Daisuke Hayashi


ー 奥多摩でビールの醸造所をはじめた理由を教えてください。

鈴木 出身は八王子なんですね。醸造長とは高校の同級生でした。高校の頃から、いつか一緒に仕事をしようって話をしていたんです。醸造長が大学を卒業してビール屋さんで働きはじめて。それでビールの醸造所という構想が出てきたんです。都内でも場所を探したんですけど、たまたま奥多摩がいい場所だから誘ってくれる方がいて。来てみたら自然が豊かないい場所だったし、駅の近くの物件が借りられることになったので、ここでやろうかということになりました。


ー 古民家を改造することからはじまったのですか。

鈴木 いきなり無名のビールメーカーが出てきたといっても買ってくれる人なんて誰もいない。じゃあ自分たちを発信するための旗艦店を作ろう、できたての自分たちのビールを飲める店を作ろうっていうところからのスタートでした。


ー それが何年くらい前のことなのですか。

鈴木 2014年ですから5年前ですね。借りたときは天井も床も抜けているような状態でした。庭も背丈くらいある伸び放題の草に覆われていて。8カ月かけてふたりで工事をしたんです。今も冬になると、そこに柵をつけようとか、芝生にしようとか、いろいろ更新していますよ。

ー 店の目処が立ってからビールを作りはじめた?

鈴木 最初はラーメン屋で使っている160リッターの寸胴鍋とドラム缶。鍋で煮込んでドラム缶で発酵させていました。アマゾンで発注すれば成り立つシステムです。それで年間1万リッターくらい造ることができたんですけど、お店でそのほとんどが出てしまった。しまったという言い方はおこがましいのですけど、本来カフェではなく工場をやりたかったので、醸造所を大きくしていきました。


ー 最初に自分たちで造ったビールはどうでしたか?

鈴木 今、同じものを出したらブーイングが出ていたと思いますね。タイミングが良かったんだと思います。今のビールブームの先駆けみたいな感じで、海外のビールもそれほど入ってきていませんでした。飲んでくれるみなさんが「頑張ってね」みたいな感覚を持っていたんだと思います。


ー 今は何種類くらい造っていらっしゃるのですか。

鈴木 月に8回仕込んでいるので、1年にすると96仕込み。ほとんどレシピを変えて造っているんです。改善という意味も含めてそうやっています。前よりも美味しいものを造りたい。その思いを常に持っています。


ー 定番みたいなものでも変える?

鈴木 まだ完成と胸を張れるまでのものに至っていないのかもしれないですね。定番のようなものでも、水質を変えてみたり、マイナーチェンジはしています。


ー それだけビール造りは奥深いということですか。

鈴木 深いですね。種類やスタイルもいろいろあるので。常時、お店では10種類を用意しているんですけど、かぶらないようにしています。どんなお客さんが来ても、楽しんでもらえるようなラインナップにしているつもりです。

ー 奥多摩の魅力をどう感じていますか。

鈴木 僕らはインドア派なんです(笑)。移住している人たちを見ていると、何かに没頭している人が多いように思います。自分たちはビール造りに没頭している。使っているのは水質調整した水道水なのですけど、すごく軟らかいですね。少し下流の青梅に行くと、カルキ臭がするんですけど、奥多摩の水にはそれがない。この水を使い慣れてしまっているので、奥多摩から離れてしまっては、ビールの根本が変わってしまうように思います。あと1年を通してメリハリのあるところですね。


ー 1年のメリハリとは?

鈴木 晴れれば、4月から11月まで週末は観光客で溢れています。いっぽう12月から3月までは、極端に誰も来ない。改善したくても手がつけられなかったところなどをその4カ月で修正して、次の1年に臨む。謎を解明するためにビールの勉強に行くこともできますから。


ー これがバテレの味だという特徴とは?

鈴木 勝ち負けではないんですけど、こだわっているのは香りのバランスですね。水、ホップ、酵母、麦芽という4つの要素の配合によって生まれる香り。飲みはじめから、飲み終わって息を吐くまでのバランスが、ビール醸造所のバテレとして意識しているところです。


ー 今、持っている目標を教えてください。

鈴木 まだまだチャレンジできていないビールってたくさんあるんです。例えば造るのに半年を要する乳酸菌を使ったビールもあります。ワイン樽でビールを熟成してみたいし。未知の味にチャレンジして、自分たちバテレの味に変えていくっていうことを、これからもやっていきたいと思っています。

鈴木 光
高校時代の友人と美味しいビールを造るために奥多摩へ。まずは駅に近い築70年の古民家を借り、自分たちでDIYしてカフェをオープンさせた。目指しているのは飲んだ人の価値観を変えるビール。少量生産がゆえに様々なスタイルのビールを造っている。カフェは金土日月にオープン。http://verterebrew.com/

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