山の緑が 川の表情を豊かにする。【後藤めぐみ(GRAVITY)】

水の上で自由にいられる。そんな開放感を得られたカヤック。水とともに暮らしているなかで、川と山の関係も大切に考えるようになってきたという。

文 = 宙野さかな text = Sakana Sorano
写真 = 林 大輔 photo = Daisuke Hayashi


ー いつ頃、多摩地域に移住なさったのですか。

後藤 カヌースクールをはじめるタイミングでこっちに来ました。23年前です。それまでは荒川上流の長瀞にいたんです。多摩川でスクールをやっているところが少ないということと、川の水がきれいというのが大きな理由でしたね。


ー カヌーの魅力ってなんだと思いますか?

後藤 水の上に出るって非日常なんですよね。普段では見られない視線になる。不自由なはずの水の上で自在に動かせるっていうのがすごく楽しくて。同じ川でも、雨で1センチ水位が上がるだけでも川の様子がずいぶん変わるんです。ましてや台風などで増水すると、川底の砂だけではなく岩も動いちゃう。同じ状況がないっていうか、そこが飽きないところでもありますね。スクールだけではなく、時間があれば水の上に行ってますよ。夏は暑いからちょっと涼みに行こうとか、冬なら暖まりに行こうかとか。

ー 自然の近くで暮らすことで、内面的にはどんな変化がありましたか。

後藤 昔はグラフィックデザインをして都区内で会社勤めをしていたんですね。その頃と比べると、自分と向き合う時間が増えているかもしれないですね。けれど人がいっぱいいるところのほうが孤独感を感じていたんです。自然のなかのほうが絶対に孤独じゃない。


ー 環境の変化は感じていらっしゃいますか。

後藤 長良川によく行くんですけど、川のそばに東海北陸道という高速道路ができたんです。そしたら一気に川が変わってしまって。雨が降るとすぐに水が増えるし、雨が止むとみるみるうちに減っていく。高速道路ができる前は一週間くらいかけて増えて、ゆっくり減っていくという感じだったんです。川の様相って山によって影響されるんだなってことを感じています。じわじわ増えてじわじわ減ってきれいな水っていうほうが、カヌーは楽しくできるんですよね。


ー 多摩川はどうなのですか。

後藤 多摩川はすごい川なんです(笑)。東京都の水道局が水源を管理しているんです。100年以上前から、植林や間伐をしたりしながら水源の整備を進めていたんですね。山と川は密接な関係にあるんです。実は趣味として林業をやっているんですよ。


ー 家庭菜園などで農は趣味としてやっている方も多いと思いますが、林業はあまり聞いたことがないです。

後藤 自伐型林業という小規模で林業をしましょうっていう団体があるんです。その全国組織の集まりが青梅であるからっていうので遊びに行ったんですよね。そこで林業もおもしろいかなって思ってしまって。

ー どんなことをなさっているのですか。

後藤 間伐の手伝いとか枝打ちからスタートして。そこから一歩進んで、「森のお仕事株式会社」の方と一緒に、アクティビティとして一般の方に山と親しんでもらえるように、山林の道なき道を歩くツアーや、チェンソー体験イベント、チェンソー講習開催や企画のお手伝いをしています。もちろん、マイチェンソーも持ってますよ(笑)。興味を持つとどんどん勉強したくなっちゃうんです。仕事ではなく、あくまで趣味。山仕事自体はすごく楽しいし、やった後の充実感もありますし。川って、カヌーにしろサップにしろ体験会をいろんなところでやっているんです。同じように山の楽しさ、山の大切さをたくさんの人に伝えたいなっていうのがあって。道のない人工林を歩くだけでも楽しいんですから。


ー 川や山という自然を相手にしているのですから、なおさら地元の方々の繋がりも大切なのではないですか。

後藤 23年前に来たときは、地域の人たちとそんなに繋がろうとは思っていなかったんですね。少しずつ繋がりを持てるようになって、より暮らしやすくなっています。地元の方にカヤックをやって欲しくて、朝カヤックというプログラムをはじめたんです。朝の6時半に集合して8時に終わる。朝だからめちゃくちゃ気持ちいいし、地元の方にとってもふらっと来れて、終われば仕事にいくこともできる。


ー 多摩も移住してくる方が多いと思います。

後藤 移住したいと思っているのなら、ここが好きだったら、とりあえず来てみたらいいって思いますね。私自身も骨を埋めるつもりで来たわけじゃないんです。楽しくて、気がついたら20年以上経っていた。住んでみて合わなかったらまた戻ればいいんです。家賃も安いですから、2拠点生活をする方も増えていくと思います。都心からも近いですから。


ー 最後に、今持っている夢を教えていただけませんか。

後藤 なんだろう。やりたいことってほとんど叶っているから。こうなるといいなあって妄想はしますね。考えて、動くことじゃないですかね。ああなればいいなあ、こうなればいいなあって気楽に考えていれば、どんどん向こうからやって来る。それは私だけじゃなくて、みんなにあるものだと思います。絶対にありますから。

後藤めぐみ
都内でデザインの仕事をしていたものの、リバーカヤックに魅せられて勤めていた会社を退社。1997年4月に東京多摩川上流御岳でカヌースクールグラビティを創業した。「カヤックを趣味にしよう」をテーマに、カヤックが生活の一部となるような講習やイベントを開催している。https://gravity-jp.com/

0コメント

  • 1000 / 1000