ドクメンタへの道。【栗林 隆(Takashi Kuribayashi)】

ドイツ・カッセルで5年に1度開催される世界を代表する国際展覧会〈ドクメンタ〉。CINEMA CARAVANのメンバーたちとの参加は、かつて自分が暮らした街への帰還という物語でもある。

文 = 菊地 崇 text = Takashi Kikuchi
写真 = 伊藤愛輔 photo = Aisuke Ito


ー 栗林さんは、今年6月にドイツで開催される展覧会〈ドクメンタ15〉に参加される。〈ドクメンタ〉のことを簡単に教えていただけませんか。

栗林 ドイツのカッセルという古い街で、5年に1度開催される展覧会です。芸術のオリンピックとも言われていて、イタリアの〈ヴェネチア・ビエンナーレ〉とともに、世界二大展覧会とも言われています。基本的にはディレクターがひとり選ばれて、そのディレクターが、その年のコンセプトを決め、アーティストも選定する。今年の〈ドクメンタ〉は15回目なのですけど、かつてとはまったく違う流れで行われることになって、はじめてづくしなんですね。ディレクターはキュレイターと呼ばれる人たちが選ばれていたんだけど、アーティストがキュレーションすることになった。しかもひとりではなくグループで。それがアジア人で、インドネシアのグループだったんです。


ー 栗林さんは〈ドクメンタ〉について、どんなイメージを持っていたのですか。

栗林 20代の頃、アーティストになりたくてドイツに行ったんですよね。そのときに4年間暮らしていたのが、カッセルだったんです。その頃は〈ドクメンタ〉に出ることが夢のひとつでした。そして今回、栗林隆+シネマキャラバンというコラボレーションで参加することになった。


ー 栗林さんとシネマキャラバンの出会いは?

栗林 ドイツに12年くらいいて、同じ世代の仲間が欲しいという思いもあって日本に帰ってきたんですね。たまたま逗子に流れついて、逗子で波乗りをはじめた。波乗りの仲間たちが中心となった青森県六ケ所村での原発問題のことを伝えるためのWAVEMENTにも加わった。そのWAVEMENTのメンバーが、後にシネマキャラバンを立ち上げることになったんですね。逗子に9年いて、また海外に出たいなって思ったときに311の震災があったんです。ドイツにいたときにチェルノブイリ原発事故があり、WAVEMENTの活動もあって、原発の危険性は十分に知っていたつもりだったけど、実際に原発事故が起こって、衝撃を受けるのと同時に、ある意味でチャンスだと思ったんです。


ー それはより良い未来を作るために、ひとりひとりの意識を変えるチャンスでもあると?

栗林 そう。個人の意識とともに、日本が主体になって自然エネルギーも含めて、新しい技術とか科学が発展すればいいと思っていた。すごく期待したのだけど、どうもそうなっては行かない。これはまずいと思って、世界に向けて何らかの発信をしていかなければならない。アートでも日本にいるとタブーとかがあって、面倒くさいことも多いから、じゃあ海外に行こうと。それでインドネシアに行ったんです。


ー インドネシアで〈ドクメンタ〉をキュレーションするチームに出会ったわけですね。

栗林 シネマキャラバンとインドネシアのアーティストたちをつなげて、ジョグジャカルタでもシネマキャラバンを開催して。僕らが地方都市のコミュニティとつながっていたということも含めて、〈ドクメンタ〉に選ればれた。〈ドクメンタ〉に憧れて、〈ドクメンタ〉の地のカッセルに住んで、日本で仲間を作りたいと思って帰ってきて、日本の逗子で仲間ができて、仲間たちとシネマキャラバンというムーブメントを起こした。次はインドネシアに行って、インドネシアの仲間ができて、インドネシアと逗子の仲間をつなげた。インドネシアの仲間が〈ドクメンタ〉のディレクターになって、カッセルに自分とシネマキャラバンのチームを呼んでくれる。本当に、できすぎた物語のようですね。でも今の心境としては、それほど意気込んでもいない(笑)。


ー ドイツでの開催ですから、時代としてのメッセージ。例えば平和なり反戦なりのメッセージも掲げるのですか。

栗林 コロナがあって、戦争が起こって、自然環境もどんどん悪化している。でも俯瞰して見ると、世の中はそんなに変化していないんですね。みんなが勝手にネガティブに思考に行っちゃっている。福島を通して考えついたことっていうのは、ひとつのことにフォーカスしないこと。もちろん戦争は反対だし原発も反対です。ただそのことにフォーカスしてしまうと分断が起きてしまう。一番大切なのは、自分たちが楽しむこと。いろんなところに不幸があるだろうけど、シネマキャラバンに行ったら、みんながハッピーになってエネルギーチャージができる。そういう空間や関係を作りたいなって思っています。〈逗子海岸映画祭〉も〈ドクメンタ〉も、そんな場所が作れればと。


※〈ドクメンタ15〉6月18日から9月25日まで、ドイツ・ヘッセン州の大学都市カッセルで開催中。


栗林 隆
武蔵野美術大学卒業後に渡独。2002年ドイツ・デュッセルドルフ・クンストアカデミー修了(マイスターシューラー取得)。「境界」をテーマに数々の大掛かりなインスタレーション作品を制作。ドイツ時代に暮らしたカッセルで開催される国際美術展〈ドクメンタ15〉にCINEMA CARAVANの仲間たちと参加する。16年より武蔵野美術大学客員教授。https://www.takashikuribayashi.com/

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