ビート~カウンターカルチャーの スピリットを日本に伝えていく使命。【Flying Books(山路和広)】

ミニプレスを含め、様々なスタイルで刊行される本や雑誌。ある文化をクローズアップし、独自の目線でセレクトするには、新刊ではなく古書というジャンルが正道だった。

文 = 菊地 崇 text = Takashi Kikuchi
写真 = 伊藤愛輔 photo = Aisuke Ito

ー 50年代のビート、60年代以降のカウンターカルチャー。Flying Booksの店内にはアメリカのカンターカルチャー時代のポスターも多数掲出されています。カウンターカルチャーに興味を持ったのは、どんなきっかけがあったからなのですか。

山路 学生時代に『エスクァイア日本版』でビートの特集があって、ローレンス・ファーリンゲティのインタビューが掲載されたんです。Flying Booksがあるビルの1階は親父がやっていた古書店。僕は中学からバンドをやって、本は好きだけど音楽表現のほうがかっこいいと思っていました。インタビューのなかで「これからの時代はヒューマン対ノンヒューマン、リアリティとヴァーチャルの戦いになっていく」みたいなことを言っていたんです。95年のことで、ウインドウズ95が登場したときに、こんなに地に足をつけたことを言える詩人のじいさんてすげえなって思ったんですね。それからビートの本を読み漁って。ビートからカウンターカルチャーに入っていったんです。


ー ビートの作品を読んで、さらにどんなところに惹かれていったのですか。

山路 僕は団塊ジュニア世代。バブルの名残りみたいなものは、10代ながら見ていました。物質主義ではない充足感。ブレない価値観を提示してくれたのがファーリンゲティのインタビューであり、ジャック・ケルアックの小説でした。ビートジェネレーションの作家たちって、知っていくと実はインテリでもあり、今でいう都会のハッチャケたパリピ的な要素も持っている。旅、内面の探求、そして遊び。そのバランスが魅力的な人たちだなって。


ー 本屋に興味がなかったのに、結局は本屋に行き着いたのですね。

山路 本は読んでいたけど本屋の経営にはあまり興味がなかったんですが、お店には興味があって音楽と雑貨中心のセレクトショップのようなものを、中学の頃から思い描いていました。97年に大学を卒業して修行のためにツタヤに就職したんですが、97年春って、アレン・ギンズバーグとウイリアム・バロウズが立て続けに亡くなったんですね。当時いた都内の店舗の上司に内緒でビートの追悼コーナーを作って。それが予想外に売れたんです。言葉を欲している人はけっこういるんだっていうことをそのときに実感しました。その後名古屋で勤務することになり、名古屋ではCDのバイヤーもしていたんですね。CDやVHSなどの映像作品は、全部がデータベース化されているんです。いっぽう本はデータベース化されていなかった。本って自費出版も多いですから。本当にディープな、価値観を変えてしまうような文化との出会いは、CDよりも本だなって思ったんです。しかも読みたい本は絶版になっていたり、取次になかったりして、並べたいものを棚に並べるには古書店しかないやって。それで2003年にFlying Booksをオープンさせたんです。


ー 自分の好きなものを集めるお店?

山路  Flying Booksには好きなものしか置いていません。大手のチェーン店って、1万にいたら1万人に訴えかけなきゃいけないんですね。だけど1万人のなかの100人、もしくは50人と深くコミットしていけるお店にしたいと思っていました。


ー 最初はどこで本を集めたのですか。

山路 古書店って、何年か修行して独立するみたいな、いわば職人の世界という要素もあるんです。他の日本の人が知らないリソースから、みんなが見たことがないようなものを集められれば独立できるなと思って、何回か海外に買い付けに行って。コロナでなかなか行けなくなりましたけど、海外への買い付けはずっと続けていました。古書店って神保町がひとつのステータスなんですよ。そうじゃなくて、渋谷という街でやりたいって思ったんです。渋谷の方が、若い世代が多いですから。


ー 今ではデジタル系の会社も渋谷には多いし。

山路  CGを作るクリエイターも、古い紙のリソースを知ってからやるのと、知らずにやるのとでは全然違うと思うんですね。自分と同世代や下の世代に、僕が前の時代から受け取ったものを伝えていきたいっていうのが古書店創業に至った自分の想いでした。


ー 紙の魅力は、どんなところにあると感じていますか。

山路 カウンターカルチャー時代のポスターなどは特殊インクを使っているので、同じものは刷れないんですよね。高性能のスキャンをして出力したとしても、同じ色にはならない。液晶が発展しようが、デジタル技術が発達しようが、絶対に再現できない。だから決して文化としては無くならないし、価値も下がらない。その魅力をこれからも伝えていきたいと思ってます。


ー 文学やアート、そして音楽。いろんなカルチャーがクロスオーバーする場所。ニューヨークやサンフランシスコの古書店は、そんな役割も持っていたと思う。

山路  若い世代に話しているのは、何十年も前にこんなかっこいいものを作った人たちがいて、その土壌の後に自分たちの時代や自分たちの場があるのだから、昔よりつまらないものになるはずがないよねって。自分たちの世代なりのいいものを創造していくこと。だから小さいながらもイベントをやっているんですね。懐古趣味で古書店をやっているわけではないんです。Flying Booksのフィルターを通して集めた本と同時に、今起こっているハプニングをイベントとして伝えていきたいなって思っています。


Flying Books 山路和広
2003年に東京・渋谷にFlying Booksをオープン。国内外の本や雑誌が並ぶ店内ではコーヒーやワインが飲め、朗読会やライブも不定期ながら開催されている。ビート~カウンターカルチャーのセレクションは日本トップクラスを誇る。山路氏は古書店の三代目。2021年、兵庫県で開催された「ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』とビート・ジェネレーション」展ではキュレーションも務めている。http://www.flying-books.com/

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