一回耳にしただけで忘れられない声がある。そんな声はエネルギーに満ちている。歌という言霊。小さなバーでもビッグフェスでも、自分たちの歌を届けるというふたりのスタンスは変わらない。
文=菊地 崇 text = Takashi Kikuchi
写真=北村勇祐 photo = Yusuke Kitamura
––– どんな経緯で、ふたりでT字路sをはじめたのでしょうか。
妙子 ずっと3ピースのロックバンドをしていたんですけど、突然解散することになってしまったんです。弾き語りでもやろうかと思ったんでが、どうも心もとなくて。他にスカバンドでギターを弾いていたんですけど、そのバンドのライブのときに対バンで出ていて顔見知りになっていた篠に、何曲かベースを弾いてもらえないかってお願いして。やってみたら、なかなか調子が良くて。
篠田 何本かライブをやったら、周りの人も「いいじゃん、いいじゃん」って言ってくれて。じゃあやってみようかということになったんです。
––– それが2010年?
篠田 はい、そうです。本格的にライブを始動させる前に、まずはデモを作ろうとふたりで話し合って、オリジナルですぐに作りはじめたんです。
妙子 そのデモ盤を持って旅に出て。
篠田 いちおう、そのデモ盤がファーストCDなんですけどね(笑)。ドラムがいないことで、居酒屋やバーのような場所でライブをさせてもらえた。ライブハウスだけではなく、いろんな場所でライブをするという文化を、多くのミュージシャンが開拓してくれていたおかげで、自分たちもいろんなところから声をかけてもらたんですね。
––– T字路sというバンド名。なかなか個性的だと思います。
妙子 人生どんづまりみたいな感覚になっていたときだったんですよね。十字路じゃなくて、壁にぶち当たっているからT字路。後付けとしては、ふたりを基本にして、いろんなミュージシャンに関わってもらいたいという気持ちも込めるということ。
篠田 右に行くか左に行くか、みたいな心境ですね。
––– ブルース的なニュアンスも聞こえてくるから、ロバート・ジョンソンの十字路をもじっているのかと勝手に思っていました。
妙子 それもよく言われるんですけど、まったく考えていませんでした(笑)。もうひとつ、これも後付けなんですけど、日本語では丁字路が正しいじゃないですか。けれど今では、ニュースでさえTでいいとされている。篠も私も、昔の音楽がすごく好きで、それをさらに日本語で自分たち流に解釈してやっていくということも、丁字路じゃなくてT字路って感じがするなって思っていて。 やはり昔の音楽は好きなのですね。
篠田 今の音楽も好きですけど、自分らが曲を作るとなったときに頼るのは、やっぱり古い音楽になっちゃいますね。
妙子 新しいものも聞くけど、新しいものでも古い香りがするものが好きだったりするし。
––– 今年3月にオリジナルとしては初のフル・アルバムが発表されました。
妙子 今までは、5〜6曲入りのミニアルバムを、作っては旅に出るというスタイルで活動を続けていましたから。
篠田 レコーディングって、ライブとは違う能力を必要とするじゃないですか。ライブばかりやってきましたから、ライブからレコーディングになかなか切り替えられなかったというか、踏ん切りがつかなかったんですね。先延ばしばかししやがって、いい加減にしろよって、やっと自分たちに発破をかけた部分もあります。
妙子 直球勝負で私たちの名刺となるような作品ができました。
篠田 ノーギミックで「THE T字路s」という作品にしたつもりです。スルメのような作品にしたいなって。不器用なんだけど、それが自分らの持ち味だと思うんです。
––– 声はインパクトがあるんだけど、サウンドはシンプルで、聴くほどに味わいが出てきます。歌詞もじっくり心に入ってきます。
妙子 洋楽を聴いて、言葉の意味がわからなくてもすごく胸に響いてくることや泣けてくることってあるじゃないですか。基本的には歌詞って自分のために書いているんだと思っているんですね。歌い手がどれだけ気持ちをその曲に込めているのかっていうのが、聴いてくれる人に伝わると思います。だからテキトーなことは歌いたくない。言葉選びはこだわるというか、一語一語がはまるまで粘っていますね。
––– 居酒屋からビッグフェスまで、どんなシーンでも変わることのないスタンス。しかもファンを着実に増やしている。それってすごいことだと思います。
篠田 穏やかにというか、徐々に良くなっているという実感があるのは確かですけど。はじめたときから階段を一歩ずつ上がっているような感覚です。
妙子 実は目の前のことが精一杯というか、次のライブのことで頭がいっぱいなんです。目の前にあることをひとつずつクリアしていったら、今に繋がっていたという感じです。
篠田 自分らのような草の根的な動きをしている世界では、確実に音楽の場所は増えていると思います。フェスも増えている。我々ミュージシャンにとって選択肢があるという意味では、悪くない時代なんだと思います。
取材協力=みつばち(自由が丘)
T字路s
伊東妙子、篠田智仁によるギターヴォーカル、ベースのデュオ。2010年からライブを中心に活動を続けている。2011年に〈フジロック〉に出演。2016年には映画『下衆の愛』の主題歌となる「はきだめの愛」を提供し話題を集めた。今年3月、オリジナルのフル・アルバムとしては初となる『T JIROs』をリリース。〈アラバキ〉や〈フジロック〉に出演を果たした。12月15日には吉祥寺のスターパインズカフェで【T字路s まむしの忘年会 年納めワンマンライブ】が開催される。http://tjiros.net
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