【渡辺俊美】悲しみを 背負ってしまったところから生まれる新しい何か。

福島第一原発から20キロ圏内で生まれ高校まで育った。離れて暮らしていても、自分は福島人であるという自覚から、「がんばれ」という言葉は出せなかったという。それは被災したすべての人ががんばっていることを知っていたから。

文 = 菊地 崇 text = Takashi kikuchi
写真 = 北村勇祐 photo = Yusuke Kitamura


ー 震災後、はじめて福島に行ったのはいつ頃でしたか。

俊美 3月20日くらいだったと思います。というのは猪苗代湖ズでレコーディングしたのが3月17日で、その後に北茨城まで両親らを迎えに行ったんですよ。両親と兄弟の家族は富岡町に住んでいましたから、本当は富岡町の集団避難所となっていた郡山のビッグパレットに行かなければならなかったんですけど、姪っ子や甥っ子がまだ小さかったので、とにかく行けるところまで行くからガソリンを持ってきてくれって連絡が来たんです。両親家族に会って、ビッグパレットも大変なことになっているだろうっていう話を聞いて、全国の友だちに「とにかくなんでもいいから送ってくれ」とお願いして、いろいろ集めてビッグパレットに持って行ったんです。


ー 避難所に行って、どんなことを感じましたか。

俊美 自分からしゃべることができないんだよねえ。いちおうギターも持って行ったんだけど、歌を歌えるような雰囲気ではなくて。みんなも無口だったなあ。口を開いて何かを言い出すまでじっと待って、言葉が出てきたらそれをずっと聞いている。そんな時間でした。


ー 避難した方々の前ではじめて歌ったのは?

俊美 5月後半か6月か。歌えなかったですよ。泣いちゃって。歌っていて泣いたのははじめてでした。


ー みなさんの思いも俊美さんに覆いかぶさってきたのかもしれないですね。

俊美 ビッグパレット内に「おだがいさまFM」というラジオ局が開設されたんですね。被災者に寄り添うための臨時災害FMです。最初のゲストとして呼ばれたんです。ビッグパレットにいるのは、富岡町と川内村から避難してきた人たち。自分の生まれ育ったところです。知っている顔もいる。ラジオでは喋られたけど、いざ歌うとなると全然歌えなくて。歌というのは、自分の気持ちを歌うことも大切なんだけど、相手の気持ちを代弁することがもっともっと大事で、それをわかっていないと一方通行にだなって。それが一瞬でわかったんですね。聞いている方も、歌っている自分も、ずっと泣きっぱなしでした。


ー 聞いている方々に、俊美さんの歌が自分の物語として入ってきたんでしょうね。

俊美 もし僕が福島出身じゃなかったら「がんばれ」って言えたと思うんですね。「がんばれ」ってどうしても言えないんですよ。みんなががんばっているのがわかっているから。自分は福島出身のミュージシャンなんだけど、どうやって寄り添えばいいのかわからなかったですね。福島に行って東京に戻る。その戻りの車のなかで、何回も「これでいいのか」って自問自答していましたから。

ー 作る歌は変わったりしたのですか。

俊美 変わっちゃうんだよね。それまでは自分のために作っていたんですよ。何か役にたちたいっていう曲作りになりましたね。


ー 震災後に福島でライブするのと東京などの他の土地でライブをするのとでは、感情も違ってくるのですか。

俊美 全然違うんです。でもそう感じてしまうことも嫌なんです。


ー それは俊美さんが福島出身ということが起因しているのですか。

俊美 それしかないです。福島第一原発から20キロ圏内という場所で生まれ育って、ミュージシャンとしてちょっとは目立っている。そういう人間だから呼ばれているっていうことも自覚していたし、じゃあ自分は何を歌えばいいのか。「よく来てくれたっちゃ」っていうみなさんの思いは、どこに行っても毎回感じていました。だからこそ、もっとできることってあるんじゃないかなって。自分の役割を探していた10年間だったように思います。


ー 東日本大震災から10年が過ぎて、今はどんな心境ですか。

俊美 早かったですね。震災前までは「こういう人間になりたい」という思いが強かったのかもしれません。けれどこの10年で「こういう人にはならないようにしよう」と思うようになりました。福島も東北も、すごく傷ついた。傷つき悲しみを背負ってしまったところから、音楽が生まれたり、新しい何かが生まれていくと僕は思っているんですね。新しい何かの生み方を気にしていました。10年経って、新しい曲を生み出していくのがさらに楽しみになっています。


ー 俊美さんにとって、福島はどういう場所ですか。

俊美 生まれたところであり、それしかないんですけどね。さらに好きになったのは確かです。有名無名に関係なく、大切な仲間ができた。この10年は、普段は会えない人と会ったり、交わることのない人と交わったりしてきました。それが自分にとっても大きな財産になっていますね。これからの福島には大きなチャンスがあると思っています。だって多くの人が福島はいいところだって知ってくれたわけだから。食べ物や自然エネルギーなど、これからは何が大切なのかっていうことを体験できた場所なんですから。


渡辺俊美
TOKYO No.1 SOUL SETのギター兼ヴォーカル。2002年からソロユニットのTHE ZOOT16としての活動もスタートさせた。福島県川内村生まれ富岡町育ち。2010年に福島県出身のサンボマスターの山口隆や箭内道彦と猪苗代湖ズを結成。2011年3月に東日本大震災のチャリティー曲「I love you & I need you ふくしま」を録音し、MHK紅白歌合戦にも出演している。TOKYO No.1 SOUL SETの結成30周年を記念した「SOUL SETアーカイブ展」が東京kit gallery(10月12日〜16日)と大阪Pine Brooklyn(10月23日〜10月30日)で開催される。http://www.zoot16.com/

LIVE SCHEDULE

TOKYO No.1 SOUL SET/10月3日@福島(ONLINE)フェス2021

TOSHIMI & THE ZOOT 16/10月9日@club SONIC iwaki

0コメント

  • 1000 / 1000