八ヶ岳で実践される持続可能な日本的暮らしと文化の継承。【四井真治 ソイルデザイン】

パーマカルチャーという人間にとって恒久的持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系に、かつての日本にはどこにも存在していた循環型の暮らしを加味する。豊かな未来のライフスタイルを八ヶ岳の地で描いている。

文 = 宙野さかな text = Sakana Sorano
写真 = 林 大輔 photo = Daisuke Hayshi


ー 四井さんが循環型社会の実現、パーマカルチャーに関わるようになったのは、どのようなきっかけからだったのですか。

四井 大学では緑化工学を学んでいました。卒業後、東京の緑化会社に入ったんですけど、先行きや意味に疑問を感じ、数年で辞めて老後にやろうと思っていた有機農業のコンサルタントをやるために大学のお膝元に戻り農業をはじめました。大学時代の友人に、土壌分析して土のコンサル的なこともやりたいって話をしたら、同じようなことをやっていると紹介されたのが『パーマカルチャー』の翻訳をなさった小祝慶子さんの会社だったんです。その会社では前職で研究職であったことから土の分析の仕事をすることになったんです。


ー ビル・モリソンの『パーマカルチャー』ですか。

四井 そうです。その後、安曇野で開催されていたBeGood Cafeを慶子さんに教えてもらって、BeGood Cafeの講師としても関わるようになり愛知万博の仕事をしました。パーマカルチャー・センター・ジャパン(PPCJ)の設楽(清和)さんともつながり、 PPCJで受講しながら講師もすることになって。


ー パーマカルチャーを最初に学んだのはビル・モリソンの『パーマカルチャー』だったのですか。

四井 長野の高遠では築130年の家を借りて、パーマカルチャーを実践していきました。自分でやってみると、本に書かれていることは、日本には合わないっていうことに気づくんですね。オーストラリアでは広大な土地を有する。日本ではダウンサイジングさせる必要がある。日本には日本の立派な持続可能な文化があるから、それの延長線上に組み立てていかないと、日本のパーマカルチャーは成立しない。日本なりのパーマカルチャーを目指して、ずっと続けているんですね。


ー 日本なりのパーマカルチャーとは、どんなことだと思っていますか。

四井 かつては里山の暮らしがあったじゃないですか。第二次世界大戦までは、日本にはものすごい循環があったんですね。エネルギーも、ほぼ100パーセントがバイオマスで、山から得て循環させていた。肥やしも肥料にして栄養の循環をさせていた。戦後になってガスや石油が普及したら、炭を誰も使わなくなって。

ー 昔には炭農家という方もいたわけですし。

四井 窯で焼いってっていう暮らしをしてたんですけど、商売としては成り立たなくなった。急峻な地形の日本の国土を考えたら、山で産業が成り立つっていったら林業ぐらいですよ。20年とか50年とかの先を考えて計画しなければならない産業なんですけど、日本という国はまったく未来のことを考えていない。国策がパーマカルチャー的ではないんですよ。


ー 新型コロナウイルスによって、パーマカルチャーという視線を大切にしたいと感じている人が増えているのではないですか。

四井 それに気づいている人はたくさんいます。僕の家では、食べものもエネルギーも、ある程度は賄える。だから自粛生活になったとしても、日々の暮らしは変わらないんですね。家でやることがいっぱいある。


ー 確かに新型コロナウイルスで自粛だった日本の4月や5月は、自然界では芽吹きの時季ですし。

四井 現代って変な暮らしをしていると思うんです。あべこべというか矛盾というか。なんでそんな持続可能でないリクスの高まることばかりわざわざやっているのか。僕が家族と共に13年以上生活実験してきた持続可能な暮らしは、未来の暮らしだと思うんです。地味だけどもっとも豊かなもの。古いもののなかに新しいものが点在しているっていうのがあるべき姿だと思うんです。


ー 今後日本でパーマカルチャーを続けていくことの大切さってどういうことだと思いますか。

四井 今の時代を客観的に認識して、そのなかでいかに自然と共生、あるいは自然の一部として暮らしを組み立てていくのか。そして暮らしを文化化していくのか。文化化していくっていうことは持続可能にしていくっていうことなんですよ。


ー 暮らしを文化化していくということは、暮らしのなかで培ってきた生きる智慧を学び、継承していくということ?

四井 コンピュータを文化だと思っている人がいっぱいいるから。文化というのは、伝達・習得・継承され、その連続によって持続可能性が生まれてくるもの。コンピュータをつくれって言われても、使い方は知っているけれど、誰もつくれないじゃないですか。だから依存しているだけで習得しているわけではない。おまけに近くにコンビニがあれば、食べるものもつくらなくていいと考える。とにかくお金を使って、自分の生活技術もなく生きている。お金を稼ぐ仕事の技術は積むけれど、それ以外のことは積んでいないわけです。自分の世代が習得していないのだから、次の世代に継承されるわけがない。


ー 経済優先の大量生産・大量消費という流れに陥っています。

四井 ひとつのものに対する価値観だって衰えていってしまう。僕らは、僕ら自身の能力を、あるいは社会的に持続可能な仕組みを維持するために、文化というものを維持しなくちゃいけないんです。1000年、いや1万5000年という長い時間をかけて積み上げてきたものが今に至っている。それを途絶えさせてはいけないと思うんですね。僕らは外国の文化じゃなくて、日本の文化をちゃんと引き継いで、未来の暮らしを組み立てていかなくちゃいけないんだと思います。


ー 何を一番大切にしなければならないのか。それを問うているのがパーマカルチャーなのかもしれないですね。

四井 持続可能な社会の最小単位というのは、家族とか世帯だと思うんです。その家族だけで自立した持続可能な暮らしをつくり、そんな複数の家族が自然にコミュニティーを形成していくことが、本当の意味でのパーマカルチャーになるんじゃないかって思っています。人間の持続可能性ってふたつあると思っているんです。ひとつが命、もうひとつが文化。文化は一個体である人間が、持続させるために生み出したものだと思うんです。持続可能な暮らしをする人たちを増やすことが自分の使命だと思っています。いのちの仕組みに沿ったひと家庭で小さなスケールの地球のような暮らしを築き、環境を壊すのではなく生きものを増やすきっかけをつくり、場を豊かにすることができる人の存在意義を感じてもらう。それが点が線に、線が面になり大きな地球の一部となるような仕組みに社会全体がなっていく。未来の暮らしのあり方を、実態として提示していければと思っています。


四井真治 ソイルデザイン
NPO法人でのパーマカルチャー講師を務めながら、2007年に山梨県北杜市へ移住。「人が暮らすことでその場の自然環境・生態系がより豊かになる」パーマカルチャーデザインを自ら実践。日本文化の継承を取り入れた暮らしの仕組みを提案している。http://soildesign.jp/


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