キャンピングカーとギター、音旅の相棒。【TOSHIZO SHIRAISHI】

UEDA JOINTや菅平ジャズ・ウィークといったフェスのオーガナイザーも務めるジャズ・ギタリスト。ボストンで学んだセッションという文化を追求するいっぽう、キャンピングカーでの音の旅もはじめた。

文 = 菊地 崇 text = Takashi Kikuchi
写真 = 伊藤愛輔 photo = Aisuke Ito


ー ボストンのバークリーに行くと決めたのはどんな思いがあって?

 高校を卒業して、進学して音楽を学ぼうと思っても、当時は日本の音大にはクラシックしかなくて、ジャズギターに興味を持ちはじめていたので渡米を決意しました。


ー バークリーではどんなことを学んでいたのですか。

 ジャズギタリストになりたいっていう思いがすごく強かったから、ジャズのパフォーマンスの授業ばかりを取っていました。


ー 自分で好きな授業を選べるんですね。

 必修さえ取っちゃえば。今振り返ると、もったいなかったと思いますよ。ミュージックビジネスとかミュージックセラピーとか、エンジニアリングとか、いろいろありましたから。違うことも勉強していれば、もっと広がっていたのになあと思います。当時はそういう発想がまったくなかったですから。演奏なんて習うものじゃないっていうことを、勉強しているなかで気づきましたね。


ー バークリーに行って、得たもので一番大きかったものとは?

 師匠ジョン・D・トーマスとの出会いですね。バークリーにはギターの先生がいっぱいいるんですけど、唯一かっこいいと心底思えたのが黒人ギタリストのジョン・D・トーマス。ストイックすぎて学生からはあまり人気はなかったけど、ラーゲ・ルンドやアビ・ロスバードなども彼の生徒でしたね。


ー そして卒業して帰国する?

 卒業後1年はビザがあるんですよ。プラクティカルトレーニングといって仕事を探すまでの期間。それでニューヨークに引っ越して。ニューヨークにはやばいギタリストがいっぱいいたから。けれどあの9・11があって、帰ろうかなっていう気になったんです。


ー 9・11のときはニューヨークにいたんですね。

 住んでいたのはハーレムでしたけど、街中がパニックでした。アメリカが変わった。カラーからモノクロに変わってしまったくらいの変化です。2000年のミレニアムを迎えたときが、馬鹿騒ぎのピークだったと思うんです。そこから急に落ちた。実は9月12日でビザが切れて、ビザを延長するかどうかというときだったんだけど、日本に帰ることを決めて。バークリーで同じクラスだったモトさん(元晴 ex SOIL&"PIMP" SESSIONS )たちが、ジャズシーンではなくクラブやストリートでバンド活動をはじめていて、そういう日本の新しい動きも帰国の要因になりましたね。


ー そして帰国して〈UEDA JOINT〉をオーガナイズすることになった?

 そうです。


ー 今年、アルバムが4年ぶりにリリースされました。

T 気がついたら4年経っていたという感じです。ソロアルバムとしては3枚目で、バンドを含めると10枚目になります。


ー 作りはじめたときには、こんなアルバムにしたいというような明確なコンセプトはあったのですか。


 何を作ろうかって具体的には定まっていなかったんですけど、「Kotsubo Sunset」っていう曲ができて、それを録りたいなって思って。1曲録ったらすごくよくて、そのまま数曲レコーディングしたんです。ライブなどで弾いていて熟成させていった曲たち。例えば「I Thought About You」というジャズのバラードは、ジョン・D・トーマスのレッスンの最後の課題曲なんです。最後のレッスンで「お前は弾けていない。スケール練習からなっていない」と駄目出しされて。自分にとっての課題曲で、ずっと練習してきた。そろそろ録れるかなって思った曲なんです。


ー 自分で駄目出しされた理由ってわかるものなのですか。

T わかりますよ。だって師匠が目の前で完璧なものを弾くんですから。師匠は、一音たりとも説明できない音はないんです。


ー 最近ではどういうスタンスで活動を続けているのですか。

 ずっと漠然と憧れてたキャンピングカーによるヴァンライフが2年前に突然はじまったんです。僕がキャンピングカーを探してること知ってる友人が破格の旧車を発見してくれて。そして昨年から「THG(Toshizo Hitori Guitar)」名義でアコースティック・ソロギターの活動もはじめたので、バンドだけでなくひとり旅や、小学生の息子ともたくさん旅をするようになりました。ヴァンライフをはじめるまでは、またいつかNYや海外に住みたいと思っていたんですが、キャンピングカーで日本中を下道で旅しだしてからは、国内を旅することにどっぷりはまってしまって。今ではギター1本とVOXアンプを持って日本の隅から隅まで旅して、みんなに音楽を届けたいという気持ちが強くなってきています。


ー どういうギタリスト像を描いているのですか。

 今はどうしても生きるために音楽を演奏していることが多いのですが、いつか純粋に自分の音楽を追求したいです。たぶんそんな日は来ないだろうけど(笑)。まあ、夢ですね。


『TOSHIZO AND HAPPY CATS』
幼少期はオランダの田舎町で過ごし、17歳からギターをはじめ、20歳で渡米。帰国後にフリーフェス<UEDAJOINT>を立ちあげる一方、blissed、WESTLAND、(仮)ALBATRUS (2010年脱退) などのバンドでギタリスト/ベーシストとしてのキャリアを積む。近年は旧車のキャンピングカーで日本中を旅しながらTHG名義でソロギターライブを中心に活動。4年ぶりのアルバム『TOSHIZO AND HAPPY CATS』をリリースした。 https://inmylife-pro.com/

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