環境経済という視点。農地を再利用する未来像。【パトリック・コリンズ/PATRIC COLLINS】

日本の大学で環境経済という視点から麻の有用性を学生たちと共有していった。育てるのにそれほど手がかからない麻は、耕作放棄地を再活用し、環境としてもビジネスとしても可能性が あると示唆する。


文 = 宙野さかな text = Sakana Sorano  
写真 = 北村勇祐 photo = Yusuke Kitamura


ー パトリックさんが、麻について興味を持ったきっかけを教えてください。

P それは日本に来てからのことです。イギリスでも古くから大麻が使われていました。例えば帆船の時代に、海の近くに住んでいた農家に対し、海軍にロープと帆を供給するために大麻草を栽培することが求められていました。けれど日本では1万年近くも前から暮らしのなかで使われていたということを知って、日本の麻のことを深く知りたいと思ったんです。


ー 今の日本では、大麻という言葉そのものが悪い印象を持ってしまっています。

 悪いものだという固定概念がこびりついていますよね。アメリカ政府が大麻を中毒性薬物と同じカテゴリーに分類したからなんです。これは1930年代のことであり、日本では1948年にGHQによって大麻栽培が違法と決められました。逆に考えれば、それまでの長い間はずっと栽培されていた。80代以上の田舎に住んでいらっしゃる高齢の方に話を聞くと、麻は日本では暮らしの身近にあったことがわかります。


ー 例えばどんな話を聞かれたことがあるのですか。

P 麻の種が味噌汁に入っていたとか、赤ちゃんが眠れないときに少量の麻の油を飲ませていたとか。赤ちゃんの睡眠を促進する働きがあると感じていたんでしょうね。家族が病気になったときに麻の葉から抽出したものを胸に貼ったり、水に混ぜて飲んでいたという話も聞きました。どれもが毎日の暮らしに直結している智慧です。長い時間にわたって、日本の農村生活に欠かせない貴重な植物のひとつだったことは間違いありません。

ー 麻布大学ではどんな研究をなさっていたのですか。

 環境経済という視点で学生たちと研究していました。地方創生にはどういったものが有効なのか。麻を農作物として育てることで、ビジネスとしても成立させていくことができる。例えばヘンプクリートとして活用していくことができれば、経済的にも地球環境的にも効果は得られます。


ー ヘンプクリートとは建築用のものなのですか。

P 麻のクズと石灰の混合物です。コンクリートで作られた壁よりも、空気に対する透過性がはるかに高いんです。室内と室外の温度を穏やかに平衡させることから、建物の冷暖房エネルギーを大幅に削減できると言われています。環境に優しい素材なんですね。麻はバイオ燃料としても期待されています。原料や燃料を供給するために麻が広く栽培されれば、農地が再利用される可能性が広がります。農家の担い手がいなくなって、年間に1万ヘクタールもの農地が放棄されているといいます。日本の農地を復活させる可能性が麻にはあるんです。大麻草の英語名はヘンプです。大麻には何千もの品種があり、その多くは陶酔作用を有していないし、日本だけではなく世界中で何千年も栽培されてきました。1996年に、ドイツで定義された「産業用ヘンプ」の安全基準が、世界中で受け入れられています。


ー 建材としてだけではなく、麻にはいろいろな使い道があると言われています。

P 大麻の繊維はロープ、弓紐、綱、布、紙などを作るために使われてきました。油は燃料や薬になり、葉と花も自然薬としていろいろな病から人を守ってきた。種子は「麻の実」として食べられていて、日本の主食の「8つの穀物=八穀」のひとつとして知られてきました。神社でも大切な役割を担っています。「麻子」のような女性の名前や「麻生」といった姓、また土地の名前としても各地で使われてきています。それだけで、偉い植物として高評価されたとわかります。近年の研究によって、産業用ヘンプという安全な植物のエキスは薬として魅力的で、アルツハイマー病に対しても効果があると立証されました。


ー アメリカでは、去年産業用ヘンプの栽培がやっと認められました。

P 産業用ヘンプは安全な作物であるとアメリカ政府はやっと2013年に認めました。およそ80年に及んだ大麻栽培禁止期間が終わったんです。かつて禁酒法という悪法がありました。民衆によって政府のスタンスを変えていきました。それと同じです。大麻品種のひとつでありメキシコで喫煙されていたマリファナ。産業用ヘンプをマリファナの定義から取り除き、麻薬取締局ではなく農務省が管理することになりました。そのことによって、わずか数年で米国で産業用ヘンプの栽培がすでに1万ヘクタールまで急成長したんです。カナダには5万ヘクタールです。日本では1万年にもわたって、大麻草を無事に栽培し、暮らしのなかで大いに活用してきた。栽培が禁止されたのはわずか70年です。生育が早いヘンプは、多くの環境面でメリットをもたらしてくれます。産業用ヘンプは、現状日本では7ヘクタール程度でしか栽培していません。再び、もっと自由に産業用ヘンプが日本でも栽培されるようになることを願っています。

パトリック・コリンズ
1952年イギリス生まれ。ケンブリッジ大学で理学と経済学を学んだ後、インペリアル・カレッジの経営学部にて修士号、博士号を取得。研究太陽発電衛星および宇宙旅行の経済性についての研究を行なう。一方で日本の麻に興味を持ち、麻が地方を創生し、しかも地球環境にとっても優れたビジネスであるという立場で研究を続けている。99年より麻布大学で教鞭を執り、生命・環境科学部環境科学科・環境経済学研究室・教授を務めた。現在名誉教授。

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