民謡という手つかずの源泉。【田中克海 民謡クルセイダーズ】

多くの人が耳にしたことがあり、口ずさめる「民謡」。多くの人の心に宿っている歌を、ラテン・リズムに融合させて21世紀に再生させる。唯一無二のシン民謡は、日本だけではなく世界に伝播されている。

文 = 宙野さかな text = Sakana Sorano
写真(ポートレート) = 須古 恵 photo(portrait) = Meg Suko


ー 田中さんは、いつから福生の米軍ハウスにいるのですか。

 20年くらいになります。はっぴいえんどとか聴いていましたが、音楽と福生がリンクしていなくて。当時は雰囲気がいい街って聞いて、遊びに来た。今と違って、もっと米軍ハウスが多かったんですよね。知人が米軍ハウスに住んでいて、入ってみたら「ここ、ヤバい」ってなって。「ちょうど、斜め向かいの家が、明日空くみたいだけど」と教えてくれて。で、次の日に見にいったら、借りていたお兄さんが不動産屋さんに鍵を返すところだったんですよ。その場で「すいません、僕、ここを借りたいんです」って仮押さえして。


ー それが、今もいる「バナナハウス」?

 そうです。


ー 20年前に来た頃も音楽はやっていたのですか。

 音楽は趣味みたいな感じでしたね。リズム&ブルースとか黒人音楽が好きだったんで、仲間とパーティーバンドみたいなものを組んで。高円寺とか中央線界隈のDJイベントに呼んでもらったりしてましたね。


ー 民謡クルセイダーズはどんなきっかけで生まれたのですか。

 福生に引っ越してから、横のつながりがだんだんできていったんですね。老舗ライブハウスのチキンシャックとかバンド文化もあるし、イベントや週末のパーティーが盛んでライブしたり、デザインの仕事をもらったり。そんななかで東日本大震災があって、考え方が変化していきました。それまでは自分自身とだけ向かい合っていたことが、福生でコミュニティとか横のつながりが増えてきて生活と活動の拠点ができたことで、クリエイティブにしろ何にしろ、すべてが紐づいて地域に根ざしたことができないかって思いはじめたんですよ。よりそこの土地に根ざした、住んでいる場所に自分ができることで貢献できるとか、地域と絡んだ活動をしたいなってなんとなく思って。そんなときにフレディ(塚本)さんの存在を思い出したんです。


ー 民謡歌手としてのフレディさんを思い浮かべた?

 フレディさんとの出会いは、民謡歌手ではなくジャズやソウルのボーカルとしてもライブをしていて、それを見て「すごいうまい人だ」って思っていたんです。飲み屋とかイベントでたまに顔を合わせていて。ルーツ音楽が好きで、いろんな国の古い音楽を「いいな、いいな」ってあさっていたにも関わらず、自分の国の音楽には一切アプローチさえしていないっていうことに疑問を抱いて。なんでだろうって思いつつ、民謡をちょっと聞いてみようかってなって。そしたら美空ひばりさんや江利チエミさんが民謡アルバムを出しているのを知って。「民謡ってダサい音楽として終わってる音楽」って勝手に思っていたけど、もっとヒップなものだったんじゃないかって思いはじめて。そういう切り口だったら、自分たちのルーツミュージックをできるかもしれないって思ったんですよ。そしてフレディさんに連絡を取って、民謡クルセイダーズの原型みたいなものができあがっていったんです。


ー 最初の頃からラテンのリズムを取り入れていったのですか。

 アレンジしないと自分たちでは手に負えないっていうか、楽しめないっていうか。アレンジされた民謡。それならパーティーでやっても受けるんじゃないかって思って。


ー 曲は多くの人が知っているわけだし。

 そうなんです。歌は知っている。それをノリのいいダンス音楽、パーティー音楽としてやったらいいんじゃないかっていうアイデア。ギター、ベース、キーボード、ドラム、歌くらいの小編成で、福生のパーティーでやってみたんですよ。そしたらドカンと盛り上がっちゃった。最初はブルースっぽいアレンジとかでしたね。でもそれだとちょっとわざとらしいというか。いかにもアレンジしましたっていう感じが出ちゃう。後で思うとドラムの存在がでかかったんですけど。ラテンとかクンビアとかと合わせてやってみようってなって、クンビアでやったらめちゃくちゃ相性がよく感じたんですよ。民謡のプリミティブな土臭さみたいなものがあまり損なわれずに、しかもビートはちゃんと効いている。コンガ、ティンバレス、ボンゴというラテンパーカッションチームにしたらアレンジした感が減って。ローカル感というのかな、そういうものを保ったままダンス音楽にできるみたいな感覚があって。


ー はじめてのフェス出演は?

 2017年のピーター(バラカン)さんの〈ライブマジック〉ですね。福生から吉祥寺、渋谷と活動場所が広がっていって。 DJとかが「民クルいいよ」って広めてくれたんです。福生の「バナナハウス」で一発録りしたトラック程度のデモCDがあって、その音源をピーターさんがラジオでかけてくれたりして。


ー 翌年にファーストアルバムを発表して、そのアルバムは海外でもリリースされました。

 海外では2019年にマイズ・ウム(Mais Um)っていうロンドンのレーベルからリリースすることになって。ブラジル音楽をはじめとして世界中の現在進行形のローカルミュージックをリリースしているレーベルで、そこのオーナーが民クルを気に入ってくれて。


ー 海外でリリースしたことでヨーロッパへの足がかりになった?

 バンドで海外に行けるなんてまったく思っていなかったんですけどね。


ー ヨーロッパツアーは、2023年まで3回ですか?

 そう。はじめてのツアーが2019年。その後コロナで行けずでしたが2022年と2023年にリベンジできて。3週間から1ヶ月のツアーで最大11カ国20公演しました。移動してライブ、終わってホテルで数時間休んでまた移動。そんな毎日ですよ。フェスとフェスの合間に地元のジャズクラブでもライブをしていたんですけど、民クルのことを誰も知らないはずなのに、ハコにお客さんが付いているから、ちゃんといっぱいになっている。


ー そんななか、どこのフェスが記憶に残っていますか。

 海外のフェスはそれぞれ特徴があるんですよ。会場が山奥だったり、中世の修道院の跡地だったり。古い石畳の街中に組まれたステージでのライブもあったし。特徴がないところが逆にないですから。ホリデーシーズンになって、長期の休暇でずっとそこにいて遊んでいるっていう人も少なくないし。

ー 音楽やフェスが日常にある。

 文化の深さの違いを感じますよね。日本でも祭りとなると歴史は深いものも多いんですけど。


ー ヨーロッパの人に民クルが受けている理由ってどこにあると思いますか?

 ヨーロッパの人は包容力があるんですよね。いろんな文化を受け入れる土壌があると思いますね。音楽に限らず。民クルをおもしろがってくれるからやりやすいですよ。それとヨーロッパのフェスに出演するアジアのバンドが少ないっていうこともひとつの要素にはあると思います。


ー アジアのバンドが少ないんですね。

 人種の壁を越えてみたいなムードがだんだん高まってきているじゃないですか。フェスでもそうで、特にワールドミュージックのフェスだったら、いろんな国のアーティストがそろっているほうがいいはずですから。ただその国のトラディショナルとダンス音楽をミックスさせたようなライブバンドってなると少ないんですよ。


ー ヨーロッパだけではなくコロンビアやアメリカなど数多く海外でライブをしています。 民クルをはじめたときに、世界に出ていくようなビジョンは抱いていたのですか。

 まったくなかったですよ。とにかく日本で民謡を新しい感じでやりたかった。海外というよりも、自分も含め、自分たちで納得できる音楽っていうか。例えば海外のアーティストと対バンするとするじゃないですか。そのときに民謡だったら対等な音楽になるんじゃないかって思ったんですよ。真似をするんじゃなくて。


ー 2023年11月に2枚目のアルバム『日本民謡珍道中』がリリースされました。

 ファーストアルバムの続編的に『エコーズ・オブ・ジャパン2』でいいかな?と思ってたんですよね。ただ今の自分たちを表現するようなタイトルにしたくて。民謡に出会ったことで、民謡が自分たちをいろいろな場所に連れて行ってくれたり、人に出会わせてくれたという感覚があったので「ツアーオブジャパン〜日本民謡珍道中〜」と。


ー 民謡は日本人のルーツにあるものだから、逆に海外の人からも注目されると思います。

 戦後教育では、土着的な日本の文化が切り離されて近代化されていったじゃないですか。それで今の日本の発展もあるんだけど、切り離されて宙ぶらりんになっているところもあって。そういうのって不幸でもあるんだけど、おもしろさでもあるというか。海外に行くと、その土地の伝統的な音楽と最新のダンス音楽がミックスされて現在進行形のものになっているのが多いんですよね。民謡ってまだまだいっぱいあるんですよ。いろんなものを掘り起こしてアップデートさせていきたいって思っています。


民謡クルセイダーズ
東京西部、米軍横田基地のある街・福生在住のギタリスト田中克海と民謡歌手フレディ塚本を中心に、2011年セッションをスタート。日本民謡とラテン・リズムを融合させた音楽は、日本のみならず世界を「民謡ダンス」に誘っている。3度のヨーロッパツアーのほか、世界各国を民謡珍道中。2023年11月に2枚目のアルバム『日本民謡珍道中』を発表。https://www.minyocrusaders.com/

LIVE INFORMATION

2024 SEA SAW FESTIVAL

開催日:12月1日(日)

会場:鋸南町立中央公民館(千葉県鋸南町)

出演:民謡クルセイダーズ、盆女、DJ VAN、ほか

第1回公会堂音楽庭園 - 民クル祭-

開催日:12月21日(土)

会場:今治市公会堂(愛媛県今治市)

出演:民謡クルセイダーズ


0コメント

  • 1000 / 1000