自分を無価値と考えることからの卒業。【鎌仲ひとみ】

長野県辰野町に移住したことで知ったメガソーラー建設の現実。地域住民にとってのプラスはなになのか。日本という社会から見えてくる原発やメガソーラーという経済システムから脱却するための一歩とは。

文・写真 = 宙野さかな
text・photo = Sakana Sorano


ー 2020年に東京を離れ、長野県辰野町で暮らしていらっしゃいますが、この場所との出会いを教えてもらえませんか。

鎌仲 神奈川県大和市になないろ畑という有機農園があるの。社会的な取り組みもいろいろやっているところで、そこで私の映画の上映をしてくれた。お金がないから野菜で払わせてくれと。それを了承したら、毎週野菜が送られてきた。いつまで続くのかと思っていたら、およそ1年も続いたんだよね。なないろ畑が、3.11の後に放射能が降ってない土地を探していて、辰野町に行き着いた。なないろ畑の社長が買ったのが、この土地付き山付きの古民家。


ー ここが昨年鎌仲さんらがクラウドファンドで挑戦なさっていた「古民家と農地再生」の場所だったのですね。

鎌仲 買ったはいいけど、ずっと活用しないままだったのね。それで5年ほど前に、再生プロジェクトの呼びかけ人のひとりであり、今は古民家民宿の女将である飯田(礼子)さんが、「田舎暮らしをしたいから管理人になる」って移住して。私たちも遊びに来るようになって。


ー 辰野町に最初に来たとき、どんな印象がありましたか。

鎌仲 空気がすごく清浄な感じがしたんだよね。爽やかな感じっていうのかな。東京ってなんか淀んでいるじゃない。都市的なものは何もないけれど、ないからこそいっぱいあるものもある。ここに移住するんだって最初に来たときに決めちゃったの。


ー コロナになってすぐの移住でした。

鎌仲 初のプロデュース作品である『インディペンデントリビング』を東京の劇場で公開しているときにコロナがはじまっちゃったんだよ。でもコロナが決定的なきっかけではなく、東京オリンピックの前に東京を離れよう、移住しようということは、数年前に決めていたんだ。私にとっても会社にとっても、東京で経済を回していくこと、東京にいることの意味がどんどん失われていって。


ー 引っ越されてから、太陽光発電の開発のことを知ることになったのですか。

鎌仲 原発はダメだから再生可能エネルギーへの転換をしましょうっていうメッセージを言い続けてきたんだけど、問題は開発の仕方だったんだよ。どのエネルギーだって環境負荷はかかるけど、原発に比べればよっぽどいい。だけど山林を伐採して作るとなると本末転倒になるわけ。山林災害にもつながるし、景観も非常に悪くなる。いかにひどいかっていうことを都会にいるときには気づかなかった。辰野町にも、雨後の筍のごとく太陽光発電施設が作られようとしていた。開発業者にとってはメリットがあるんだけど、地域住民には何の利益もない。その電力を地域で使うっていうことならまだいいんだけど、そうでもない。地域住民になってみるといらない。どこかの儲け仕事のために環境を破壊してくれるなっていう気持ちになっちゃう。こんなリスクがありますよって地域の人への周知活動をしたり勉強会をしたり。辰野町町長に「町として方針を出して!」って訴えたり。


ー 活動の結果、どうなったのですか。

鎌仲 太陽発電施設建設側にとってのすごい厳しい条例が施行されたんです。地域住民が反対していてもなかなか建設計画は止まらない。そんなケースが長野県だけに限っても山のようにあるんだけどね。


ー 具体的にはどんな内容なのですか。

鎌仲 山林を伐採しちゃいけないとか、隣接するすべての地域の賛成を得なければならないとか。実質的には建設が難しい内容です。私たちが移住する前にメガソーラーの開発を止めたところがあって、そこは耕作放棄地だったんだけど、「にれ沢蝶の森」と名付け、生き物の楽園を取り戻そうと仲間たちと里山を再生させる活動をスタートさせているんだ。


ー 開発するにせよ、地域住民の同意であり共感がなくてはならないはずです。

鎌仲 『インディペンデントリビング』は、障害者の自立を描いている映画なんだけど、ひとりひとりが自分らしく生きるのってどういうことだろうかっていうことがテーマなんです。はたして自分は自分の意志を持ってちゃんと生きているのか。自分の願いとか希望を口に出しているのか。間違ったことを言ったっていいと思うんだよね。自分の意見なんだから、そこに価値が認められればいい。だけど、例えば小学校のときも中学校でのときも、違ってもいいって言ってもらった記憶がないわけ。否定がずっと重ねられると、自分には価値がないんだって心の底に思いこまされてしまう。無価値であり無力だという諦め。私自身、自分には価値がないってかつては思っていたからね。まず自分が変わらなければいけない。外が変わることを期待するんじゃなくて、自分がどう変わるかっていうことを考えることからしか変わらない。


ー 暮らしによって自分の価値が見つけられることが幸せなことなんですね。

鎌仲 自分のことを自分で決める。自分を大事にする。そういうことがなかなかできていなかったから、ここで暮らしながら学んでいる感じなんだよね。


ー その意味では、鎌仲さんにとっても辰野町という場所、あるいは自然という存在は大きなものになっているのですね。

鎌仲 全部剥がしていって最後に残るのは、食べて笑って寝て。そして誰といるのか。ここにいると空を見るだけで感動する。東京にいるときに、忙しいからといってほったらかしてきた部分を癒している感じかな(笑)。


鎌仲ひとみ
2003年に初監督映画作品『ヒバクシャー世界の終わりに』を発表。『六ヶ所村ラプソディー』(2006年)『ミツバチの羽音と地球の回転』(2010年)など、原発と被曝をテーマに数々のドキュメンタリー作品を発表してきた。2020年に初のプロデュース作品『インディペンデント リビング』を劇場公開したものの、コロナ禍によって公開していた劇場が休館。同年6月に長野県辰野町に移住。田畑で農作物を育て、「古民家民宿なないろ」や「にれ沢蝶の森」など地域の再生と新しい場づくりを試みている。https://bunbunfilms.com/

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