自給知足という考え方。【わたなべあきひこ】

田舎暮らしでの必要不可欠のものは、移動の足となる車。かつては蕎麦屋さんから出た天ぷら廃油を燃料として車を動かしていた。今はソーラーパネルで発電した電気がエネルギー源。自分たちのために時間を使う自給知足のススメ。

文・写真 = 宙野さかな
text・photo = Sakana Sorano


–– 移住なさって、どのくらい経つのですか。

  25年ほどになります。それまでの住まいは横浜でした。

–– 移住することにかなりの決心があったのではないですか。

 フリーライターをしていました。フリーランスだったので、毎日会社に通わなくてもよくて、言ってみれば、どこでも仕事はできました。そこでまずは小屋を建て、週末だけ白州に来るという生活をしていました。「日曜の夜は中央高速が混むから、帰るのは月曜の朝でいいか」とかという感じで、、だんだん週末田舎人の時間が増えていって。引っ越す3年前くらいから、今暮らしている家を作りはじめたんです。そしていちおう屋根がついて雨風がしのげる状態で引っ越しました。未だに完成っていうわけではなく、内装とかは25年たつ今も作り続けています。

–– 省エネルギーのための特徴がある家なのですよね。

 大工さんと話して、「屋根裏って冬でも暖かいよね。その熱を床下まで入れてみよう!」なんて話していたのがはじまりでした。屋根材の下、切妻の屋根に沿って縦方向に通気層をつくり、小屋裏の一番高いところに暖気を集め、床下まで通気させるためのパイプを通しました。太陽で暖められた空気を中間ダクトファンで床下まで降ろし、床下のコンクリートに蓄積するというシステムです。パッシブソーラーハウスといって、太陽や風といった自然エネルギーを積極的に活かす設計です。夏は涼しくて、冬は暖かい家を目指しました。

–– 移住した頃から、化石燃料をあまり使わない生活をしていたのですか。

 最初はそれほど意識していませんでした。省エネというよりも、稼ぎが減ったのでお金を使わない生活という考えのほうが大きかったかもしれないです。食べるものの自給もエネルギーの自給も、やっていると楽しくなってきたんです。ちょっと不便だったりもするけど、その不便さを楽しめる暮らし。暮らすためのお金を稼ぐのに時間を取られるのだったら、その時間を自給的な暮らしに振り分けて、生活に必要なお金を少なくする方が楽しいんじゃないかと。たとえば、田舎では車は必需品で、車にお金がかかってしまいがちなのですが、今は車の燃料代はほぼゼロ円だったりします。

–– 車の燃料はどうなさっているのですか。

 前はお蕎麦屋さんから天ぷら廃油をもらっていて、それをクルマの燃料に使えるように古いジープのエンジンを改造して乗っていました。古いクルマはバイオディーゼルカーに改造するのが比較的簡単なんです。でもお蕎麦屋さんからもらえる廃油には限りがあるのでこれを多くの人が真似できるわけではありません。今は10年落ちの中古の電気自動車(軽バンと軽トラ)を手に入れ、それを使っています。製造時のエネルギーペイが終わった中古のソーラーパネルを車庫の屋根に貼って、それで充電し、ほぼ太陽光だけで自動車の燃料はまかなえています。

–– 電気自動車だと充電に時間がかかるとか、それほど長距離を乗れないとか、マイナス面のことも話題になりますが。

 田舎は1日の走行距離がかさみがちですが、それでも多くて日に100キロくらいなものです。それくらいだったら、中古の電気自動車を2台手に入れ、1台を使っているときにはもう1台を太陽光で充電しておくという方法でクリアできると思いそうしています。

 最近の電気自動車は、走行距離が長いものが人気なんですけど、満充電での走行距離が長いということは、重い蓄電池を常にたくさん乗せて走っている、ということ。それだったら軽い小さな電池を積んだ軽の電気自動車2台を、太陽光発電と組み合わせて使ったほうがいいように思います。長距離を移動する必要がある場合には、レンタカーを借りるとか何か違う方法を考えればいいわけで。とは思いつつ、まだ一度もレンタカーは借りていなくて、長距離でも充電器を探しつつの不便な旅を楽しんでいます。

 太陽光による発電は、1回システムを組んでしまえばその後は燃料なしでいつまでも発電してくれる夢のようなシステムのように思っています。お金を持ってガソリンスタンドに行かなくても済むのはもちろん、天ぷら廃油をもらいにお蕎麦屋さんに行ったり天かすを濾過したりする必要さえないんです。ソーラーパネルの劣化率は年1%にも満たないから、たぶん私が死んだ後もこのシステムは発電を続けてくれます。最近、ソーラーパネルのリサクルが話題になっているようだけど、リサイクルは不要で、リユースが可能なのがソーラーパネル。ウチで使っているソーラーパネルは買取制度が終わった古いもので、架台の解体などを手伝うことでタダでいただいたものです。それでも十分。電気自動車を走らせるくらいの発電はしてくれます。いつまでも燃料が必要な化石燃料とはエネルギーの質が違うようにも感じています。

–– 野菜など食物を育てるにあたっての農法なりはあるのですか。

 農薬や化成肥料がなくヒトが暮らすことも自然の生態系の一部だった江戸時代の農法をお手本に、家族だけでなんとかやりくりできることを目標にしています。江戸時代の「農」は、いまより効率は悪かったと思うのですが、その効率の悪さが「ゆっくりした変化」につながっていたように思われます。その頃の里山に棲む生物たちは、ヒトが行う農的な暮らしに遺伝子ベルで順応していたように思えるんです。たとえば、ホタルだとかアカトンボなどは、江戸時代の稲作に合わせた淘汰による遺伝子変化で対応し個体数を増やすことに成功した。ところが今は1000年分以上の変化をたった10年くらいで行ってしまうから、ヒトと共生して生きてきた里山に棲む生きものたちはそれに順応できず、絶滅に瀕してしまっているように感じます。これは山里に住んでみて痛切に感じることで、いまはギリギリの状態。なんとかしないといけないことだと思っています。

–– 以前のフリーライターのように、今のわたなべさんの肩書きはなにになるのですか。

 百姓を目指しています。自立的にヒトが暮らすための作業はいろいろあって、それらをやるのが楽しくて仕方ないという状況です。こうした暮らしをする人がもっと増えたらいいのに、とも思っています。誰にも適した暮らし方とはいえないかもしれないけど、楽しめる人はいっぱいいると思うんですよね。

–– コロナによってかなり扉は開かれたように思いますか?

 私のようなフリーランスだけではなく、組織に入っていても可能だということが実証されましたからね。

–– わたなべさんのブログのタイトルは「自給知足」。足るを知ることも必要なんだと。

 お金を稼いでそれでなんでも解決しようとすると、どんどんエスカレートしていってしまうように思うんです。でも「足るを知る」という思いが頭のどこかにあって自給的な暮らしをしていると、幸せって案外こんなことなのかもなぁ、と思うことがあったりします。根がぐうたらで、根性なしなので、完璧な自給自足は性格的にできない、というのもありますけど。

–– わたなべさん自身が大切にしていることは?

 そうだなぁ、なにかなぁ……。このまま放置していたら失われてしまうものをなんとか救出したいなっていう思いはありますね。例えば集落のお年寄りたちは、ついこの間まで、食べ物もエネルギーもほぼ自給的な暮らしをしていたわけで、そうした人たちが受け継いできたノウハウや、自然にまつわる素晴らしい話。そうした智慧が失われてしまうのはモッタイナイから、なんとか伝え残していけたらいいなぁ、なんて思っています。

 あ、でも一番大切なのは、こうした暮らし方が楽しいだけに、いつまでもこうしたことが続けていけるように、ヒトがヒトを傷つけたり殺したりしないでいい社会であることに一票を投じること、かなぁ。


わたなべあきひこ
山梨県白州町に25年前に移住。車は中古の電気自動車を中古のソーラーパネルで発電し使用。家は自作のパッシブソーラーハウス。畑では様々な農作物を作って、小淵沢の道の駅などで販売している。完璧な自給自足は目指さず「テキトー」と「いー加減」がモットー。無理のない範囲での化石燃料を使わない暮らしを家族で模索している。https://musikusanouen.hatenadiary.jp/

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