長崎県川原 意識を持続させるための提言。

東田トモヒロ vs 辻井隆行(patagonia)

石木ダムの計画が進められている長崎県川棚町川原。人口50人余りの小さな集落で、昨年秋にフェスが開催された。それからおよそ半年。自然を愛するふたりが語り合った未来のために自分たちができること。


文・写真=宙野さかな text・photo = Sakana Sorano



長崎の8カ所を巡ったツアーで。

ー 昨年10月末に長崎県川棚町川原(こうばる)地区で開催されたフェス〈A WITNESS TO KOHBARU失われるかもしれない美しい場所で〉で、 ふたりは主催メンバーとして名を連ねていました。そして6月10日から23日まで、長崎県内の8カ所で「TAKE ACTION THEATRE」というツアーが開催された。これは東田さんのライブと、ダムが計画されている川原を描いたドキュメント映画『PROTECTORS OF FIREFLYRIVER 〜ほたるの川のまもりびと(パタゴニア特別限定版)』を上映するイベント。このツアーは、どんなきっかけではじまったのでしょうか。


東田 辻井くんと熊本市内で3月後半に会ったときに、映画が5月くらいにできあがるんだっていう話を聞いて、じゃあ6月に映画の上映と自分のライブで九州ツアーができたらいいねって言って。辻井くんも、すぐに「やりたい」と答えてくれたんですね。

辻井 社内で検討してみて、日本支社のある神奈川から発信するよりも、九州にある福岡ストアが中心になってやったほうがいいよねっていうことになったんです。東田くんがライブでいつも行っているような場所、例えばサーフショップのようなお店でやろうというアイデアもあったんですけど、まずは長崎県内を回ることにしたんです。

東田 長崎はすごく親近感を持っている場所なんだよね。ストリートで洋服屋さんをやっていたり、美容院をやっていたり、音楽好きの仲間も多い。熊本と有明海をシェアしている仲間って感じ。

辻井 自分たちの税金の使い方とか未来のあり方などを、長崎のなかから議論を起こそうと動き出す人たちに出会いたいなって思ったんです。我々パタゴニアという会社に外から言われるのではなく、自分たちの暮らす場所のことを自分たちで考える。ダムの建設が賛成か反対で意見を対立させる場所ではなく、考える機会、知る機会をつくること。そのことに賛同してもらったのが、このツアーの8カ所のお店でした。東田くんのライブがあったおかげで、参加するバリアが下がったと思いますね。音楽の持つ力を改めて感じましたね。

東田 〈WKT〉のときに小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでが書いたメッセージボードが、川原には今も掲げられている。そのボードに、メッセージを書かせる音楽の力。見えない力なんだけど、大きいんだなって思って。パタゴニアのコンセプトも、それに近いものがあると思う。ファッションで世界を変えていくんだという考え方。

辻井 Tシャツ一枚を作るのでも、とんでもない数の人が関わっている。買う側が気軽に買っているものでも、その一枚を生み出す上流で何が行なわれているかを知ることは、なかなかできないんですね。それって飲み水とか電気とかでも同じじゃないですか。 3・11の事故があるまでって、自分たちの自覚のない電気の使い方が誰かを苦しめていたっていうことがわかって。自分は洋服でそれを言っていたくせに、電気については関心が低かったことがショックでした。だから石木ダムのことも、本当にいろんな角度から考えていけたらなって。水が足りなくなるという恐れも理解できるし、便利でありたいというのも人間の願いだし。だけど一方で、それが何の上に成り立っているのかっていうことを考えようよって。みんなでそれを考えられたらいいですね。



歌を生まれた源流に返す。

ー 7月5日に、ミニアルバム『ひだまり』がリリースされました。売り上げの10%が、パタゴニアを通して川原地区の自然と暮らしを守る活動に充てられます。


東田 「ひだまり」って歌ができたときに、そうしたいなって思ったんだよね。熊本地震の後、いろんなことが頭から離れなくなって。熊本地震が起きたから、気付けたことがあったんだよね。福島のこと、熊本のこと、長崎のこの石木ダムのこと。この歌は川原で受け取った刺激というか、川原で感じたことがきっかけで生まれたんだなあというのが、作っている段東田トモヒロ vs 辻井隆行(patagonia)長崎県川原階からわかっていた。歌を、その源流に戻すっていう思いもあって。この曲の権利は、自分や他の誰かにあるものではなくて、川原の自然にあるもの。だからそれを返すっていうのは当然のことだなって思って。パタゴニアが1%フォーザプラネットということをやっていて、自分も参加したことがあったんだけど、そこからヒントを得て。1%じゃ少ないから10%(笑)。自分なりの恩返し。

辻井 東田くんと会っていると、形式やスタイルでなく、心の底からやろうっていう意志があることが伝わってくる。

東田 アルバムの2曲目の「not toolate」は「アフターWKT」が自分のなかのサブタイトルで、「River」というインスト曲は石木川をイメージしている。〈WKT〉はすごくいいフェスだったし、いい一日だっただけど、この感情を自分のなかで継続するにはどうしたらいいのかなって思ったんだ。自分は旅をしているじゃない。川原のことが伝えられる一枚があったなら、一曲があったなら、ずっと〈WKT〉で感じたことを継続して持っていられる。フェスはフェスとしての役目を果たしたんだけれど、やったことで満足して終わっちゃ嫌だなって思って。一夜限りの夢だとしたら、ちょっと寂しいしね。自分はミュージシャンとして強いインパクトは起こせないし影響力はないけれど、継続していると、少しずつだけど、良き理解者と応援してくれる人が増えていく。だから自分は、〈WKT〉をずっと引きずって続けているだけなんですよ。

辻井 そう思ってもらえるだけでも本当にありがたいことです。私たちパタゴニアは、石木ダムの問題を知ってもらう活動をずっと続けていくと決め、2015年には記者会見もしました。この活動に協力してくださる人も増えてきている。〈WKT〉のようなフェスも、インパクトは残すかもしれないけれど、そのインパクトをなかなか継続できさせられないのが私たちの悩みだったんです。継続するために「ひだまり」という歌があり、ミニアルバムが生まれた。そして歌われていることの核心がすごくわかった。心と心が繋がれている感覚があります。そういう人を増やしていきたいし、それができればだんだん大きな力になっていくんだと思う。

東田 自分が元気で、真摯に音楽に向き合ってさえいれば、『ひだまり』を持って旅に行くことができる。「これ、何のアルバムだろう」って川原のことをまったく知らない人が手に取って、「こういう場所があるんだ、ちょっと調べてみよう」ってなってくれたらうれしい。このミニアルバムによって、興味を持ってくれて何かに気付く。それを500回やれば、〈WKT〉の1回分くらいにはなるわけでしょ。無理することなく続けられる。そしてやりがいもあるなって。

辻井 1962年計画が持ち上がってから、50年以上も川原の人は石木ダムの問題に向き合っているじゃないですか。川原の人たちにとってはずっと暮らしの側にあることなんですよね。無理するわけではなく、思いを抱いて人生のなかで500回何かをする。それだけ自分のなかで生き続けてくれる人が増えていったら、石木ダムだけではなく、日本が変わるかもしれない。そんなことを、今すごく思い描けました。東田くんだったらそれが音楽なんだろうし、ある人にとってはアートかもしれないし、ある人にとってはアウトドアスポーツかもしれないし。

東田 〈WKT〉の主催に名を連ねて、長崎県内8カ所を巡るツアーを行って。積極的に力を注いでいるように思われているかもしれないんだけど、流れに身を任せているっていう感覚に近い。川原の人や辻井くんなど、人と出会うことによって学ぶことがあるじゃない。そして学びからちょっとしたアイデアが浮かんで、それをやりたいからやってみようと。この感覚ってサーフィンに似ていて、波に乗るためにパドリングしているときは必死なんだけど、波に乗った後はリラックスしているっていうような状態。運命っていうと大げさかもしれないけど、大きな流れのなかに自分がたまたまいる。そしていろんなことを経験させてもらっている。その経験が自分の音楽にも繋がっているのだから、考えてみたらありがたいことなんだよね。



波紋のように拡まっていくために。

ー 7月1日から、〈グランテッド・フィルム・フェスティバル〉がスタートしています。『PROTECTORS OFFIREFLY RIVER』など4作品が上映されます。


辻井 日本から石木ダム建設予定地である川原と原発建設に揺れている上関の2作品。そしてアメリカから2作品。全国の20のパタゴニア店舗と、石巻、長野、東京、大阪、福岡の5都市では場所をお借りして上映を主にしたイベントを行うんです。

東田 『PROTECTORS OF FIREFLYRIVER』をツアーのときにはじめて見たけど、誰が見ても川原っていいところなんだなって感じられる作品になっている。心の響く内容になっている。最後のほうで、川原の絵を描いていらっしゃる方が「私にできることで残っているのは絵を描くことだけ」と話していて。なんかその言葉に自分も救われた気がした。結局は、自分も自分の歌を歌うことしかできないわけだから。

辻井 川原のことも上関のことも、多くの人の見てもらって、知ってもらいたい。もう一回、話し合って、考えましょうよっていうメッセージが込められた映画なんです。

東田 歌を聞いてくれた人やCDを買ってくれた人、パタゴニアのメッセージを映画から受け取った人。そんなひとりひとりの意識のなかに何かが刻まれる。そしてその何かが暮らしのなかで拡まっていく。ちょっとした気付きが波紋のように拡がっていいけばいいなって期待しているんだけどね。




関連情報

辻井 隆行

パタゴニア日本支社長。1968年東京生まれ。会社員を経て、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。1999年、パートタイムスタッフとしてパタゴニア日本支社に入社、2009年より現職。入社後も長期休暇を取得し、グリーンランド(2003年)やパタゴニア(2007年)でシーカヤックと雪山滑降を組み合わせた旅などを行う。2014年より、長崎県の石木ダム建設計画見直しを求める活動(ishikigawa.jp)を通じて、市民による民主主義の重要性を訴える。


東田トモヒロ

1972年熊本生まれ熊本市在住。2003年メジャーデビュー。旅とサーフィンとスノーボーディングをこよなく愛し、その歌を通して『LOVE&FREEDOM』をメッセージし続けるシンガーソングライター。自然に寄り添った暮らしや旅のなかから紡ぎ出される飾り気の無い等身大の楽曲は、全国各地において多くのァンを魅了し、愛され続けている。今年7月にミニアルバム『ひだまり』をリリースし、その売り上げの10%は川原地区の自然と暮らしを守る活動に充てられる。http://www.higashidatomohiro.jp/


Granted Film Festival

7月1日から7月30日まで、全国のパタゴニアストアなどで開催される「グランテッド・フィルム・フェスティバル」。土地や文化や地域に生気を与えるつながりを保護し、回復するために戦う人びと描いた日本とアメリカの4作のショートムービーが上映される。描かれているのは、パタゴニアの環境助成金プログラムによって支援されている人たちだ。川棚町川原、瀬戸内海の上関、アメリカのアラスカとアパラチア。自然がいかに開発という名目で壊されようとしているのか。日本、そしてアメリカで、実際に現在進行形で進められていることを知ることによって、自分は何かできるのかを考えさせてくれる映像であり、その動き出すきっかけとなるフェスティバルだ。


07.01(土)~07.31(日) 全国のパタゴニアストア

07.13(木) スタンダードブックストア心斎橋(大阪府)

07.16(日) IRORI 石巻(宮城県)

07.19(水) 3×3 Lab Future(東京都)

07.21(金) UNION SODA(福岡県)

07.29(土) ALPS BOOK CAMP(長野県)

入場無料(要予約/ ALPS BOOK CAMPのみイベント来場者限定)


上映作品:プロテクターズ・オブ・ファイアフライ・リバー(ほたるの川のまもりびと/パタゴニア特別限定版)、シー・オブ・ミラクルズ(奇跡の海)、ザ・レフュージ(保護区)、ハーべスティング・リバティ(自由の収穫)

※上映作品及びイベントの内容は会場によって異なります。

http://www.patagonia.jp/home/


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