A WITNESS TO KOHBARU〜失われるかもしれない美しい場所で〜

長崎県川棚町川原地区。計画通り進んでしまえば、ここにある民家や田畑は水の底に沈んでしまう。ここにどういう自然があり、どういう営みがなされているのか。それを知ってもらうきっかけになればと野外フェス〈WTK〉が開催された。人の手によって壊されてしまった自然を復元するのは難しい。半世紀以上前に計画されたダム計画が今も川原で進められている。

川原の短くて長い時間。

WTK A WITNESS TO KOUHBARU IN AUTUMN
10月30日、里山の風景が残る川原で野外フェス〈AWITNESS TO KOHBARU〉が開催された。ステージが設置されたのは田んぼ。他のフェスにはないシチュエーションだ。参加したひとりひとりがWITNESS(目撃者)になるフェス。豊かなものが、川原には存在し続けている。
文 = 菊地 崇 text = Takashi Kikuchi
写真 = 宇宙大使☆スター photo = uchutaishi☆star


 長崎県川棚町の川原地区。毎年5月末には蛍祭りが開催され、夏休みになれば子どもたちが小川で遊ぶ。そんな日本の美しくて懐かしい風景が残っている地域だ。現在、1歳から90歳までの13世帯53人がここで暮らしている。

 川原を流れる石木川に、長崎県がダム建設事業の計画をスタートさせたのが1962年。それから50年も経過した2013年9月に、国は石木ダムの事業認定を告知した。

 この川原で10月30日に開催されたのが〈A WITNESS TO KOHBARU〜失われるかもしれない美しい場所で〜〉。主催メンバーとして、小林武史、東田トモヒロなどのミュージシャンも名を連ねた野外フェスだ。

 会場になったのは、稲刈りが終わったばかりの田んぼ。里山の川原には何百人もの人が集まれる場所は田んぼしかない。川原の人たちにとって「人が集まるフェスなんて、場所がないここではできるはずがない」と思っていたという。けれど「田んぼを使う」というアイデアのもと、フェスの計画が進められ、実際にフェスが開催された。

 ステージなどの設営をはじめたのが、開催前々日の金曜日。この日は強い雨が続いた。水が抜け、硬くなりはじめていた田んぼは、一気に泥沼になってしまった。土曜の朝から地元の方々も含め、多くの人が田んぼから水を抜く作業を続けている。翌年にも稲を植える田んぼだから、チップを入れることはできないという。雑巾に水を浸してバケツに絞る。この地道な作業の繰り返し。参加する人に少しでも快適に過ごしてもらいたい。そのシンプルな願いが天に通じたのか、フェス当日は気持ちいい天気になった。

 ダム予定地と聞くと、かなり山奥にあると想像してしまう。けれど川原は、そんなに人里離れた場所ではない。川棚町の中心部から4キロあまり。車で10分程度、歩いても1時間とかからない。実際の距離は遠くないのだけれど、人の心にある距離は自分のいる場所から離れてしまっているのかもしれない。「自分の住んでいる場所ではないどこかで起きていること」。この感覚は、多くの人の心に巣食っている。

 〈WTK〉が開催された時間は11時から18時まで。他のフェスを考えれば長くはない。むしろコンパクトな時間だ。ライブは、隣町の波佐見町出身のPONDLOWをオープナーに、東田トモヒロCaravanTOSHI‐LOWSalyu小林武史と続いた。

 どのミュージシャンも、なぜ自分がここにいて演奏をしているのかをステージで確かめていたのかもしれない。目の前ある風景は、他のどのフェスとも違っていたはずだ。

 川原のおばちゃんたちは、 「こうばるの秋を味わおう」というワークショップを開催している。川原で育てた米や野菜、山で獲った猪の肉を使ったきりたんぽ鍋を作るというワークショップだ。おばちゃんだけではなく、米や野菜を育て、猪を獲ったおじちゃんたちのおもてなしの心も入っているのだから、これが美味しいのなんのって。

 ライブを観たり、マルシェに寄ったり、ワークショップをしながら、川原での時間を過ごしていく。子どもたちは無邪気に木で組んだデコレーションや泥状態の田んぼで遊んでいる。地元の方々にとってははじめて観るアーティストたちばかりだったに違いないのだが、放たれる音楽を一緒に楽しんでいた。この平和で自由な光景こそ、〈WTK〉が思い描いていたものだったのだろう。フェスという時間によって、川原の自然とそこに住んでいる方々の思いを共有すること。この川原という場所に行って、川原という場所を体感して、好きになること。


 出演したミュージシャンがもう一度ステージ上がった。アンコールで演奏されたのが、ボブ・ディランの「風に吹かれて」とビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」だった。「風に吹かれて」にはこんな歌詞がある。「どれだけ多くの耳を持てば、人々の泣く声が聞こえるの?山は海に流されるまで何年存在できるの?見自由を許されるためにどれくらいの時間がかかるの? どれだけたくさん空を見上げれば、空がえるの? 答えは風の中に舞っている」〈WTK〉はたった1日だけのフェスだ。けれど1日という時間には納まりきれない大きな思いを含んだフェスだった。

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