【阿寒への旅1】クチャに泊まりアイヌに触れる。秋辺デボさんから伝えられたアイヌスピリット。

 樺太、カムチャッカ、北海道、そして本州北部。この地域に古くから暮らしてきた先住民族のアイヌ。アイヌとはアイヌ語で「人間」を意味している。すべてのものに魂があり、そのなかから特別な力があったり、人間には及びもつかない作用をするもののなかから、カムイ(神)として認識されるアイヌのスピリット。アイヌが続けてきた自然に寄り添った暮らしは、速さや便利さを追求した現代には逆行しているものかもしれないが、持続可能な社会を目指すという視点で世界から再評価されている。

 北海道の各地に存在していたコタン(集落)とは違い、阿寒湖温泉街にある「アイヌコタン」は1960年頃に形成されたものだ。秋辺デボさんはこの場所で生まれ育った。昨年公開された映画『アイヌモシリ』に出演するなど、講演や演劇など様々な方法でアイヌの文化を伝えている。

 「父親も母親もアイヌ。子どもの頃からアイヌの話を断片的に聞いてきた。アイヌにはユーカラっていう神話の物語が伝承されている。そのひとつをアイヌの村のオヤジたちが舞台劇にしたんだ。父親が出ているものだから、その劇を見に来い、と。それが中学を卒業する直前の3学期のこと。あまりに素晴らしくて、アイヌってこんなに深くて広い文化を持っていたのかって驚いたんだ。卒業したら東京に出ようと思っていたんだけど、東京に行ってアイヌではない人間に化けているよりも、地元に残ってアイヌを勉強して、本物のアイヌになろうと思った。アイヌになるっていうのは変な表現なんだけど、アイヌのことを知って、それを暮らしの基盤にしないと、そうはなれないんだ」とデボさん。

 狩猟民族だったアイヌは、狩が数日間に及ぶことが多かったという。テントのようなものはない時代から狩猟は続いている。狩猟の場にクチャという仮小屋を作り、そこで寝泊まりしていた。クチャは、北海道に自生しているトドマツやエゾマツが使われた。すべてが自然に還るテント。

「森にある材料を使ってその夜の寝床にする。流行しているグランピングとは正反対のものではあるけど、俺はそこで寝られることが最高の贅沢だと思っている。前に子どもたちを集めてアイヌキャンプをしていたのだけど、大人のスタッフに不眠症の人がいて、その人がクチャでは爆睡していたんだ」

 松などの針葉樹から発散されるフィトンチッドには、人をリラックスさせる成分がある。デボさんが作ったクチャに泊めさせてもらった。クチャのなかでは松の匂いに満たされている。現代のテントとは違って雨には弱いだろうけど、その夜は満点の星空の下で、鹿の鳴き声を遠くに聞きながら心地よい眠りに入っていけた。

 翌日、デボさんが掘った丸木舟でデボさんと阿寒湖に漕ぎ出た。阿寒湖は国立公園に指定されたのが1934年。そのことによって、開発からは逃れられてきている。向かったのは湖に浮かぶヤイタイ島。この島には白龍神王の御神体が祀られている。

「野山を駆け回って、湖で泳いで、遊んできた。自然保護ってよく言われるけど、俺たちアイヌは自然に守られているんだよ。守るんじゃなくて、守られている。木があるから人間は生きていける。川があるから木は育つ。木があるから虫は生きていける。みんなお互い様なんだよ。地球が危機に向かっている。それをなんとかしようとするために役立つ智慧やスピリットがアイヌの暮らしにはあった。それをどんどん利用してくださいって俺は思っいる。この150年で、人間は地球に対して少し生意気になってしまった。それを元に少しでも戻すことができたら、地球がうまくいくようになるんじゃないかな。北海道に来れば、アイヌに会えば、そのヒントはもらえるはず」

 船は鏡のような阿寒湖を丸木船は音を立てずに進んでいく。周りにあるすべての自然と一体化しているような感覚になった。デボさんを通して、短い時間ではあったけれどアイヌに触れ、アイヌのスピリットを感じた。湖の魚たちも、空の鳥たちにも、山の木々にも負荷をかけないこと。それこそが人間が大切にしていかなければならないものだと教えてもらった。

文 = 菊地崇

写真 = 原田直樹

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