人に寄り添う歌を贈ること。【千尋(Chihiro)】

「もしかしたらCDとしてリリースするのは、これかが最後かもしれない」。笑いながら話した言葉の裏側にある、ストリーミングの時代だからこそCDというモノとして残すことへの思い。

文 = 宙野さかな text = Sakana Sorano
写真 = 衛藤キヨコ photo = Kiyoko Eto


ー 歌いはじめたきっかけからお聞きしたいと思います。

千尋 子どもの頃から歌うのが好きで、高校時代に軽音部で歌ったのが人前で歌うはじまりだったと思います。大学に行って、周りにはDJとかクラブイベントをオーガナイズする仲間も多かったんですね。12インチのアナログレコードのB面ってA面のインストものが多かったじゃないですか。そのインストに乗せてイベントで歌ったりしていました。だんだん楽器を手にする人たちにも出会って、アコースティックに緩やかに移行していったんですね。


ー いわゆるプロとして本格的に活動をはじめたのは?

千尋 大学時代は、音楽が自分の仕事にできるなんて思っていなかったんですよね。ライブは続けていましたけど、卒業して福祉関係の仕事に就きました。社会人になって数年が経ち、葉山のオアシスで行われていた「ボブ・マーリー・ソングスデイ」というコンテストで優勝したんです。その賞品がジャマイカへの往復チケット。人生でジャマイカに行けるチャンスってそうないし、これを機にもうちょっと音楽に真剣に向き合いたいと思って仕事を辞めたんです。はじめの大きな流れは、仙台をベースに活動していたKGMに誘われて、コーラスでツアーに参加したことでした。そのつながりでいろんな場所に知り合いが増えていって、だんだん自分も呼んでもらえるようになっていったんです。


ー 歌を届けるという感覚になっていた?

千尋 まだアルバムをリリースしていないのに、待ってくれている人たちが増えていったんですね。呼んでもらえるところに歌いにいく。そこからまた広がっていく。その繰り返しで、ただいまって言えるところができたり、新しく行けるところが増えていったり。


ー 4枚目のアルバムがリリースされます。

千尋 2019年に(鈴木)井咲くんと、昔から歌い継がれている唱歌の有名な曲だけを3曲セレクトしてEPを作りました。井咲くんと新しいアルバムも作りたいなっていう思いにいたって。コロナ禍になって、スタジオライブを配信することになったんです。そのスタジオライブでは、井咲くんと鍵盤弾きの鈴木潤さんとドラマーの椎野恭一さんの3人と、はじめて音を出すことが実現できたんですね。潤さんはファーストアルバムでも弾いてくれていて、椎野さんは前作にも参加してくれて何度もライブをサポートしてくれている。一緒に演奏してみて、このメンバーで録りたいなって思って。さらに、以前からつながりはたくさんあったけどちゃんと一緒に演奏したことがなかった伊賀航さんにベースをお願いしました。


ー CDとして製作するというのは、当初から思い描いていたのですか。

千尋 私の音楽を聞いてくれているメインの世代は、ギリギリCDというものに対しても思い入れがあると思います。今は配信とCDの端境期で、だからこそすごく大事に形に残したいなって思って。このCDを手にしてくれた方が、このアルバムにはどういうバックグラウンドがあるのか、どういうストーリーを持っているのかっていうことも知ってもらえたらと思ったんです。あとはミュージシャンやエンジニア、デザインワークなどたくさんの人の手仕事によって作られたので、そういった部分でも、配信ではなくやっぱりジャケットもインナーもあるCDという形あるものにこだわりたかったんですね。

ー アルバムのテーマであったり、タイトルの『リトルコスモ』はすぐに決まったのですか。

千尋 すぐに決まりました。私にとってははじめてのことでした。前はコンセプトを立てるのではなく、そのときに作ってきたり生まれてきた曲たちをひとつのアルバムにするみたいな感じだったんですね。「リトルコスモ」という曲にしても、テーマが大きすぎてできるんだろうかって思っていたけど、スッと入っていけたんですね。自分だけの力じゃないっていうか、不思議な力に背中を押してもらえたような感覚でした。


ー その「リトルコスモ」のテーマというのは?

千尋 人間だけじゃなくて、この世の生命体全部が、考えられないような奇跡的なバランスと成り立ちで生まれてきている。いろんな生命体がこの星に一緒に暮らしているのも、絶妙なバランスと凸凹の重なりによって成り立っているんですよね。そういう部分を音楽で表現できたらなって思っていました。


ー もしかしたら、コロナという時代からの贈り物だったように感じます。

千尋 誰かと一緒に音を出すことに対して丁寧に向き合う。ライブができなくなった時間があったからこそ、このアルバムが生まれたのかもしれないですね。


ー 聞いてくれる人に寄り添うことができるアルバムになっているのでしょうね。

千尋 音楽の前では、誰もが自由であっていいはず。ある人から「絶望の淵にいたんですけど、歌を聞いて救われました」と言われたことがあります。自分が生み出したものが、自分の思いをはるかに超えて、人に寄り添うことがあるんだなって衝撃を受けたんですね。だからと言って、感動させたいとかまったく思っていないんですけど、必要としている人の心に歌が寄り添えたらなって思っています。


『リトルコスモ』
ソウル、ジャズ、レゲエ、唱歌などジャンルにとらわれない多彩な表現と、普遍的なメッセージ、あたたかくもパワフルなライブパフォーマンスは、性別や年齢を越え多くの人に支持されている。オリジナルとしては6年ぶりとなる4枚目のアルバム『リトルコスモ』が4月末にリリース。http://www.utautame.com/

LIVE INFORMATION

8/7(日) @神奈川 茅ヶ崎 momocamera

9/24(土 )@愛知 蒲郡 竹島ガーデンピクニック2022

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